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「ん〜!今日もきもち〜!!」
両腕をいっぱいに伸ばし風を全身に受けながら見渡すのは、地平線のずっとずっと先までを覆い波打つ、深く澄んだ青。
見上げる空は快晴。雲なんてひとかけらもない。
高校の夏季講習が終わってすぐに自転車を飛ばして来た甲斐があった。絶好の海水浴日和だ。
「あーあ、今日も楽しい水泳の時間がやって来た……」
「やって来たね!!」
「ドがつくほどのカナヅチに泳ぎを一から教えるこの地獄みたいな課外授業な……」
宝石を溶かしたように青く輝く海をぐるりと一望できる小さな岬は、この町でいちばん美しく、静かな場所。
今この時間、わたしたち以外には誰もいない。わたしたちを邪魔するものは何もない。
……そんな、これ以上ないほど穴場の練習場所にいるというのに。わたしの眼下には、海から上半身を岩に預け心底めんどくさそうに浮き輪を膨らませる男が約一名。
「あっ、だーかーら浮き輪は今日はいらないって!」
「寝言は寝て言えよ、ちょっと足がつかなくなったらすぐ沈むくせして」
「そういうのに頼ってたらいつまで経っても上達しないんです! 今日はこの身ひとつで頑張る」
それに、いざとなったら七瀬が助けてくれるでしょ? 灯台の下でスニーカーと靴下を脱ぎながらにっと笑ってみせるわたしを一瞥して、七瀬──十年前この海で溺れていたわたしを助けてくれた人魚は、観念したように浮き輪を岩陰に置いた。
「……佐波はとりあえず、泳ぐより浮く練習から」
「はーい」
「じゃ、俺潜ってるからさっさと着替えて」
「りょーかいです」
返事をしてまもなく、彼の姿は見えなくなり、元いた海面には小さな泡と波紋が残された。相変わらずだなぁと思いながら、わたしも灯台の陰に隠れてせっせと制服を脱ぎ始める。
高校の授業用の水着をあらかじめ制服の下に着て来ていたから、着替えにそれほど時間はかからない。
水泳キャップまでしっかりかぶって、岩場から海に向かって「準備できたよ」と声をかけると、耳元にひれ、額や目元にきれいな鱗のついた頭が再び海面から現れた。
──七瀬の正体を知った夏休みの初めから、七瀬はわたしの高校の同級生ではなく、この町の海を住処とする人魚になった。
彼はもう人の姿には戻れないという。家の急な都合でこの町から離れた学校へ転校することになった、ということにしたらしい。
一緒に暮らしていたおばあちゃんは遠い親戚でも何でもなく、ただ「彼らみたいなひと」に信仰のある人で、事情を知って親切にしてくれたのだとか。
七瀬が学校にいないのは、まだ変な感じがするけれど。ひとつだけ安心したのは、彼がどこかへいなくなってしまったりしなかったこと。
おとぎ話の人魚姫みたいに泡になって消えたりせず、こうしてわたしが会いに来ると、岬に顔を出してくれる。
もちろん、ふたりだけの秘密だ。
「ゆっくりな」
「う、……うん」
岩場を下って七瀬の元まで辿り着き、彼に手を握られながらゆっくりと海水に体を浸していく。
海水は普通の水よりも比重が大きく、コツさえ掴めばプールより楽に浮いていられる、というのが七瀬コーチの教え。
でも体が強張ってしまって、なかなか上手に浮くことができない。


