青の果てへと泳ぐきみへ

 

「えっ……?」

 ふと顔を上げて、一瞬息が止まった。
 今わたしが立っている場所から、もう少しだけ岬の先端寄りのほう。灯台の下に伸びるなだらかな岩壁。そこにきらめく、光の粒たち。……あれは。
 思いがけず視界に飛び込んできた光景。引き寄せられるように、そのまま岬の先端を目指して岩を渡っていく。

「おい佐波、」
「ねぇ、あれ! 七瀬見て、岩が光って……っ」

『もしかしたら、あそこにきれいな貝殻たくさんあるかも』
 貝殻拾いに夢中になって歩いてきた海岸。そこから見た、少し離れた岬の岩壁。あの一度きり。
 以来何度ここへ足を運んでも見ることができなかった、夢のような、星のような、小さくて眩しい岩肌の光。……間違いない。

 ねぇ七瀬、わたしね、きみにずっと見せたかった。人魚姫と出会った、あの時と同じ──。

「──佐波!!」

 後ろから七瀬の聞いたこともないような叫び声が聞こえ、はっとして振り返る。
 わたしの両足はすでに灯台下の近くまで踏み入れていて、斜面がやや急になりゴツゴツとした歪で安定しない足場に体がぐらついた。
 その足元をすくうように、穏やかだった岬に突然強い風が吹く。わたしの体は、白波の立つ海へ向かって大きく傾いた。

「あ……」

 その直後、耳奥に響いた激しい水音。
 一瞬で青に染まる視界に、自分がどうなったのか嫌になるほどよくわかった。

 たくさんの小さな泡が、手も足も動かせないわたしを追い越して、上へ上へと昇っていく。それに反比例するように、重くなった体はゆっくりと沈んでいく。
 青が、深くなっていく。体が、冷たくなっていく。

 ──ドボン!

 吐き出した泡を見つめながら意識を手放しかけていると、背後からまた、重い水音が聞こえた気がした。
 ふいに、ついさっきわたしの名前を叫んだ彼の顔が頭に浮かぶ。
 まさか七瀬、飛び込んだりしてないよね。
 だって、泳げないのに。学校のプールに足をつけることすらできないほど、水が苦手なのに。

 ……あぁ、わたしが、ちゃんと泳げたら。
 今日ほど強く願ったことはない。

 わたしが泳げたら、人魚姫には出会えなかった。七瀬はそう言ってくれたけれど。やっぱりわたしは、あの碧い尾びれがほしい。
 このきれいで静かで冷たい海を自由に動き回れる、助けてくれたあのひとの元まで会いに行ける、そう、まさに、こんな──。

 もうどこまで沈んだのだろう。日の光がだんだんと遠のき、青が濃紺へと明度を落としていく。
 そんな視界の中で、淡い光をまといながら、柔らかな碧色が揺らめく。それは透き通るほど美しい、人魚姫の、尾びれ。

 ……あぁ、これだ。あの日と同じ。やっと見つけた。やっと、会えた。

《──この、ばか佐波》

 希(こいねが)った尾びれに手を伸ばすと同時に、誰かの腕の中に包み込まれたような気がした。
 頭を撫でてくるその手が心地良くて、ひどく安心して。
 わたしはゆっくりと目を閉じて、そのぬくもりに体を預けた。