青の果てへと泳ぐきみへ



 ……それとも七瀬の言う通り、もう一度ここから飛び込めば、彼女はまた助けに来てくれるのだろうか。
 あの日と、同じように。

「……そういえば七瀬ってさ、なんで海に落ちたんだっけ」
「え、」
「わたしはここで貝殻探ししてたら風に煽られて落ちちゃったってことは何回か話したと思うんだけど。七瀬ってなんだかんだはぐらかしてちゃんと教えてくれてないよね? なんで?」
「……そんなのもう覚えてませーん」

 七瀬はつれなく欠伸をすると、通学リュックを枕にしてごろりとその場に寝転んだ。
 ……このことに限らず、七瀬は普段から自分のことをあまり話したがらない。
 あの夏から、遠い親戚のおばあちゃんに預けられて一緒に暮らしているらしいのだけれど。なぜこの町に預けられることになったのか、ご両親はどうしたのか、身の上話を彼の口から直接聞いたことはない。
 小さな町だから、もちろんいたるところで噂と憶測は飛び交っている。けれども七瀬本人が打ち明けない限りどれも本当のことにはなり得ないのだから、わたしはなんだっていいと思っていた。

 彼はただ、わたしの友達で、幼馴染で、腐れ縁で、仲間だ。
 生い立ちなんて関係ない。七瀬は、七瀬だ。

 ……でも、なんとなくだけれど、ずっと一緒にいると、海を眺める彼の物憂げな眼差しを見ていると、感じ取ってしまうものがある。
 どうしても考えてしまうのだ。彼が、この町にいる理由。彼が、この岬から落ちた理由。何ひとつとして話したがらない、理由。
 学校のプールに足をつけることすらできないほど、深い水を嫌う、理由。

 ……ねぇ七瀬。わたし本当は、七瀬に無理をさせてしまっているんじゃないだろうか。

 この海は深い。宝石を溶かしたみたいに青く澄んでいるけれど、底が見えない。
 覗き込んでいると時折、奥底に潜む何かに引き込まれてしまいそうな気がしてくる。きれいで、静かで、冷たい青。

「……七瀬はさ、強いよね」

 七瀬のすぐ隣に腰を下ろし、抱えた膝に視線を落として呟くと、「なにが?」と怪訝そうな声が返ってきた。

「だってさ、ここってわたしたちのトラウマの場所なんだよ」

 白い灯台の佇む小さな岬。わたしたちと人魚姫の唯一の接点であり、わたしたちが、死んでいたかもしれない場所。
 わたしがずっと泳ぎが下手なのは、水に浸かるとどうしてもあの日の記憶が蘇ってしまうからだ。──もがくことも息をすることもできず、ただゆっくりと沈んでいく感覚が。

 いつも隣で何でもない顔をしているけれど。七瀬だって、きっと、こわいはずなのに。

「……そんなの、佐波だって同じだろ」
「わたしは七瀬がいてくれるから。七瀬と一緒だと、平気なの」

 自分でもよくわからない。人魚姫に会いたい、その一心で毎年ここへ来ているけれど、わたしだって怖いもの知らずなわけじゃない。
 溺れかけた。死にかけた。そんな場所に立つとやっぱり足が竦むし、あの日の後だってすぐにはここへ来ることができなかった。……七瀬と会うまでは。
 七瀬が隣にいると不思議と落ち着くのだ。海への恐怖心が、すっかり和らいでしまう。