「──それで、この町で生活し始めた。俺は佐波に会いに行きたくて、『星降る岩』がその願いを叶えて人になったんだよ」
……本当に、おとぎ話みたいだ。
七瀬の話を一通り聞き終え、わたしはまた夢か現実かわからないような、ふわふわした気持ちになっていた。
始まりは、人魚のちょっとした好奇心。
わたしと同じように、七瀬も願っていた。わたしがずっと人魚姫に会いたかったように、彼もまた。
そしてわたしたちは出会った。
「……じゃあ、七瀬の魔法は解けちゃったんだ」
「そういうこと。佐波に正体がバレたから」
水泳の授業をずっと見学していたのは、うっかり人前で人魚の姿に戻ってしまわないようにするため。
何がきっかけになるかはわからなかったけれど、一度元の姿に戻ってしまえばもう二度と人の姿になることはないだろうという予感はあったらしい。
「……それに、佐波の願いが叶ったから」
「……わたしの?」
「岩が光っただろ、俺が人魚に戻った日」
……夏休みの初め。あの、二度目のことだ。
「でも、岩が叶えるのは人魚の願いだけじゃ……」
「さぁ、それはただの言い伝えだから。強く願えば人魚も人間も関係なかったのかもな」
本当はもうずっとずっと前、ふたりが再会した時に、人魚の望みは叶っていた。そして少女もまた人魚を探していて、そんなに会いたいならと何度も正体を明かしてしまおうと思った。
でも一緒に過ごす日々が楽しくて、離れがたくなってしまって。
「……ごめんな、十年も待たせて」
七瀬に頭を撫でられ、わたしは笑って首を横に振る。
ううん、七瀬。わたしのほうこそ、ありがとう。
わたしにまた、会いに来てくれて。
わたしの願いを、叶えてくれて。
わたしには、ずっと会いたいひとがいた。焦がれてやまないひとがいた。
だからわたしはこの季節になるとここへ来て、そのひとの帰りを、待っていた。
その「彼」は今、わたしの隣にいる。
二度目に岩壁の星が光ったあの日、七瀬が十年間守り続けた魔法は解けてしまったけれど。
それと引き換えに、わたしの願いが叶ったのだ。
「ほら佐波、」
「なに?」
「浮いてる」
「……え?」
一瞬七瀬の言葉の意味がわからなくて、また彼のほうに目を向ける。彼は楽しげに笑いながら、美しい顔の横でぱっと両手を広げて見せた。
あれ、そういえば。さっきまで七瀬の手はわたしの肩に……。
「あっうそ……うぶっ」
いつの前にか七瀬の支えなしに自分ひとりで海に浮かんでいたことに気付き、思わず仰向けになった体を起こそうとして──間一髪、また沈みそうになったわたしの体を七瀬が抱きとめてくれた。


