青の果てへと泳ぐきみへ

 

 十年前のあの日。岬へと泳ぎ着いた人魚の子どもは、遠くの海辺で貝殻拾いに勤しんでいるひとりの人間の少女をじっと眺めていた。
 陸に二本の足で歩く自分たちとよく似た生き物がいることは知っていたけれど、実際に人間を見るのは初めてで、好奇心がくすぐられる。
 もっと近くで見ることはできないだろうか。でもあちらは浅瀬だし、あまり近付きすぎると危険かも……。

 そうだ、それならば。
 あの子を岬へ誘き寄せればいいんじゃないか?

 人魚は案を巡らす。
 岩陰に隠れて歌ってみようか。でも大勢の人間が集まってきたら困る。
 何かもので釣ってみようか。でも役に立ちそうなものは生憎持ち合わせていない。
 何か良いアイデアはないか。どうしたらあの子の興味を引けて、あの子だけにもっと近くへ来てもらえるだろう。
 そしてふと思い立つ。──この「岩」を光らせることができれば。

 せっかく来たのだ、試してみようと、人魚は灯台下のなだらかな岩壁に手を添えて、早速祈りを捧げた。
 今一番叶えたいことは。
 あの子に近付きたい。あの子のことを知りたい。

 ……小さな町の海にあるおとぎ話の岩。誰が最初に言い始めたのかもわからない。岩が光れば願いが叶うだなんて、そんな魔法のようなことを本気で信じていたわけでもない。
 でも、もしも。おとぎ話が、本当ならば──。

 するとふいに、手を触れた岩肌から、小さな光がこぼれた。
 その光はぽろぽろと溢れ、次第に増えていき、夜空に浮かぶ星のように無数に瞬きながら、灯台下の黒い岩壁を覆う。
 人魚は思わず息を飲んだ。今までに見た何よりも美しく、幻想的な光景だった。

 そして人魚の期待通り、その光に気付いた少女は真っ直ぐ岬へと歩いて来た。
 少女はゴツゴツとした岩場に足を踏み入れ、身を乗り出して岩肌に輝いていた星を探し始める。その様子を、人魚は近くの岩陰に隠れて熱心に見つめた。
 ……すごい。あの自立する二本の足は、自分たちの尾びれとは全然違う。鱗のついていない皮膚は柔らかそうで、頭や体にまとうひらひらした装飾も珍しい。小さな手には水掻きもなかった。
 確かに顔のつくりや上半身の形は似ているけれど、やっぱり人間は人魚とは別ものだ。

 岩に輝く星に、人間の子ども。今日は良いものをたくさん見ることができた。
 遠路遥々泳いで来た甲斐があったと人魚はすっかり満足し、そろそろ帰ろうと元来た方角へ再び潜ろうとした、その時。

──ドボンと。すぐ近くで何かが海へ落ちる音が聞こえた。