青の果てへと泳ぐきみへ

 

「力抜いて」
「はい……」
「手ぇ離すよ」
「えっだめ!! まだだめ!!」

 肩まで海水に浸かるや否や、するりと私の手から離れていこうとする七瀬の腕に、咄嗟にしがみつく。
 ……彫刻みたいにきれいな顔にニヤニヤとひとの悪い笑みを浮かべるワカメ野郎の、なんて楽しそうなこと。こういうところは人の時も人魚に戻っても、本当にこれっぽっちも変わらない。

「……そういう意地悪する人魚はモテないよ」
「いーよモテなくて。この辺人魚俺しかいないし」

 わたしの嫌味なんて彼に効くわけもなく、いつもの調子で簡単にあしらわれる。
 ……でもやっぱり、そうなんだ。この岬には、この海には、人魚は彼ひとり。家族も仲間もいない。
 人間の時は、家族はいなくても学校へ行けば周りにはそれなりに人がいて賑やかだったけれど。
 人魚に戻った七瀬は、今どんな気持ちで過ごしているのだろう。

「……七瀬は、故郷の海に帰りたいって思わないの?」

 聞くと、彼はガラス玉のような目をきょとんとさせた。

「んー今のところは別に。ここ水きれいだし食いもんもちゃんとあるし、特に不便はないから」
「ひとりでさみしくならない?」
「はは、小さい子どもじゃあるまいし」

 わたしの心配をよそに、大丈夫だよ、と彼はあっけらかんと言ってのける。

「……人魚って結構たくましいんだね」
「そう? 人間だって大人になれば親元離れて一人立ちするだろ。それと同じ」

 はい行くよ、と七瀬に肩を抱かれ、ふたりで海面に仰向けになった。その体勢で彼が尾びれをひらひらと動かすと、体がゆっくりと岩場から離れていく。
 ……今度はちゃんと支えていてくれるだろうか。どきどきしながら、わたしもその尾びれに倣って小さく足を動かし始めた。

「……それに俺、ここに来てみたかったんだよ」
「この海に?」
「この海っていうか、この岩」

 海面を少しずつ進みながら、七瀬は視線で岬からなだらかな傾斜で伸びる岸壁を示す。

「この岩さ、俺らの間じゃ『星降る岩』って呼ばれてんの。光ってるの見たことあるだろ?」

 ……ある。二度だけ。一度目は十年前に貝殻探しをしていた時。二度目は、この夏休みの初めに七瀬と人魚姫探しをしていた時。
 細波を反射しているかのように輝く、夢のような、星のような、小さくて眩しい無数の岩肌の光。あの光とともに、わたしの前に現れた人魚……。

「人魚の祈りに呼応して星みたいに光るって言われてて。光らせることができたら願いが叶う……まぁこれもおとぎ話みたいなもんだったんだけど。面白そうだから試しに来たんだよ」

 岸壁に向いていた七瀬の瞳が、今度はわたしの顔を映す。

「──そしたら、佐波を見つけた」