戦死したはずの旦那様が、三日後に双子の妹と結婚するようです

「……どうして、この家に?」

 撫子の予想に反して、咲耶に連れてこられたのは長屋だった。
 咲耶は筵(むしろ)をくぐると、そっと畳に撫子を降ろす。

「鷹宮の屋敷に連れていくことも考えたが、話をするならばここだと思っただけだ」
「そうなのですね」

 土間に跪いた咲耶が撫子を見上げ、意を決したように口を開いた。

「撫子嬢。俺は貴女にもう一度、鷹宮家に戻ってきてほしいと思っている」
「あの、咲耶様。もし責任を感じていらっしゃるなら、お気になさらないでください」
「貴女は俺が責任だけでこんな話をする男だと思っているのか」
「いえ……でも、私は、以前の関係に戻らなくてもいいのです。咲耶様が無事であればそれで……」
「俺は! 義務感や責任感で貴女を連れ帰ろうとしているわけではない」
「ですが……」
「どうして信じてくれない?」

 咲耶の声が震えた。

「……私が咲耶様の妻であった事実はなくなりません」
「っ、どうしたら信じてもらえるんだろうな」

 咲耶が泣き出しそうな顔で前髪を握る。

(どうしてそんな顔するの……?)

 夫婦であった頃の咲耶はいつも自信に溢れた表情を撫子に見せていた。
 しかし、目の前の男はどうだろうか。
 寸刻前までは父や百合に圧をかけていた人物と同じだとは思えぬほど、今にも涙をこぼしそうな顔をしている。

 「……記憶を失う前の俺に嫉妬しそうだ」
「え?」
「貴女にそこまで想われている男が、俺なのに俺ではないのが気に食わない」
「どうして、そんな……」
「貴女のことを好いているからに決まっているだろう!」

 突然の告白に、撫子は両目を見開いた。
 驚愕に硬直する撫子を金色の瞳が射貫く。
 その目に後ろめたさも、嘘も、一切ない。
 呆然とする撫子へたたみ掛けるように咲耶が続けた。

「確かに俺には貴女と過ごしたはずの記憶はない。この二年、貴女を悲しませた酷い男だろう」
「……」
「だが、これからの思い出を一緒に作ることはできる。いや、作っていきたいと思っているんだ」
「それは、どういう……」
「撫子を守る理由を、もう一度くれないか?」
「っ!」
「俺は貴女が妻でなくても同じ判断をしただろう。だから、信じてほしい。今の……記憶のない俺が貴女に惹かれたのだと」

 撫子が膝の上でぎゅうっと手を握った。
 その手を優しく持ち上げた咲耶がそっと開かせ、自身の手を重ねる。

「なぁ、駄目、か?」

 憐れみを乞うように眉を下げた咲耶に、撫子はごくりと息を呑んだ。
 しばらく視線を彷徨わせ、握られた手をぎゅっと握り返す。

「っ、駄目、じゃありません」
「!」
「記憶の中の咲耶様と違う一面を見つけるたび違う人なのだと思う反面、どこか目が離せない自分がいました」
「そ、れは……」
「きっと私は、どんな咲耶様にも心を奪われてしまうのでしょうね」

 ふにゃりと微笑んだ撫子に、咲耶は両手を握ったまま項垂れた。
 艶やかな黒髪から覗く耳が少し赤い。

「……貴女はひどい人だ。こんな手が出せない状況で言うなんて」
「!?」
「今すぐ屋敷に連れ帰りたい」
「え、あ、その」

 撫子を見上げた咲耶がいたずらっ子のように微笑む。

「いいだろ? 撫子も俺を好いてくれているとわかったんだし」
「いや、あの」
「それに、これ以上我慢できるほどできた男でもない」
「っ~!」
「昔の俺ばかりずるいじゃないか、なぁ?」

 艶やかに微笑まれ、撫子は声にならぬ悲鳴を上げるしかなかった。