戦死したはずの旦那様が、三日後に双子の妹と結婚するようです

 百合と父の影がそれぞれぐるぐると体に巻き付き、自由を奪う。
 簡単に拘束された父は驚愕に目を見開いた。
 よほど衝撃的だったのか口をぱくぱくと開閉させるだけで声が出ないようだ。

「な、なによこれ!」
「婦人を拐かして屋敷に監禁。その上暴行を加えた。実の娘だとしても許されることではない」
「は……? 意味分かんない! 異能なしのお姉様なんて、蔑まれて当然でしょ!」
「……軍人が戦死した際、身内に支給される扶助料がある」

 咲耶の言葉に、ぎくりと体を強ばらせたのは父だ。

「その扶助料は俺の妻へと支給されていたようだ」
「扶助料……? 私は、一度も……」

 撫子は困惑のまま首を傾げる。

「だそうだ。みや……いや、撫子は一銭も受け取っていないらしい。では、誰が受け取っていたんだろうな?」
「そ、それは、百合が勝手に……」
「お父様!?」
「署名もちゃんとある。芹沢当主のものがな。これ以上白を切るなら筆跡鑑定でもしてもらおうか?」

 即座に否定され、父は黙り込んでしまった。
 だが、百合はまだ諦められないようでぎらぎらとした目を撫子へと向けた。

「どうしてよ! 咲耶様は記憶喪失なんでしょう!? なら私でもいいじゃない! 見た目も一緒でしょう! 何が駄目なのよ!」
「同じ顔をしているだけで同じ人間になれると思っている貴様のような女にはわからないだろうな」
「何がよ!」
「撫子は一度も俺の妻だと名乗らなかった。ただ、時折消えそうに微笑んでいただけだ。そんな女を放っておける男がどこにいる」
「は……?」
「貴様はどうだ? 撫子を騙り、俺の妻だと主張していたが、俺は一度も貴様を妻だと思ったことはない。それどころか違和感を抱いていたぐらいだ」
「っ」
「何かがありそうだと泳がせてはいたが、まさかここまで腐っていたとは」
「なによ、なによっ! 意味分かんない!」
「理解などしてもらわなくて結構。ひとまず貴様らを軍部に送っていく。そこで弁明なり好きにするがいい。まぁ、不当に受け取った扶助料の返還や伯爵家の威信の失墜は免れんだろうが」

 父と百合に巻き付いていた影がひょこりと立ち上がり、足を生やして二人を連れていってしまった。

(咲耶様の戦死を認めるようで扶助料の手続きをしていなかったのに、まさか扶助料にまで手を出していたなんて……)

 撫子は父と百合が見えなくなるまでじっと彼らを見つめていた。

「みや嬢。いや、撫子嬢と呼んだ方がいいか」

 そっと咲耶を見上げると、今までは気にならなかった距離の近さに気がついてしまう。
 抱き上げられたまま撫子と視線が絡むと、咲耶の顔がますます甘くなる。
 しかし、撫子の心にはまだ刺さったまま抜けない棘があった。
 そっと目を伏せ、口を開いては閉じる。
 言葉を待っている咲耶に、撫子は意を決して頭を下げた。

「……今まで騙していたようで、申し訳ありませんでした」
「謝らなくていい。それに俺はまだ、貴女との記憶を思い出したわけじゃないんだ」
「……そう、なのですね」
「あぁ。それと、色々と話したいこともある」
「はい。あの、降ろしていただければ、客間に案内をしますので……」
「嫌だ」
「はい?」
「貴女を降ろしたくないと言っている」

 拗ねたような口調に、撫子は眉を困らせた。

「そう言われましても……」
「俺が連れていきたい所でもいいだろうか」
「? それは構いませんが……」
「では家に帰ろう」

 家、という単語に撫子は思わず咲耶の胸元の布地を少し引っ張る。
 咲耶の口から出る家は十中八九鷹宮家だろう。

(どうして、家に……?)

 金色の瞳がどうした? と言わんばかりに和らいだ。
 あまりの柔らかな表情に撫子は何も言えず、なんでもないと首を横に振る。

(きっと夫の責務だと思っていらっしゃるのね。そんなこと、思わなくてもいいのに)

 申し訳なさが募る。
 そんな心中を察してか、咲耶が撫子の額に唇を寄せた。

「そんな顔をしないでくれ。不安にさせたいわけじゃないんだ」
「あ……」

 たった一言、それだけで撫子の心は晴れてしまう。

「わかりました、帰りましょう。家へ」
「あぁ。今度こそ無事にな」