「主人が、死んだ……?」
手から滑り落ちた花瓶が板の間に落ち、甲高い音を立てて割れた。
冷たい水が床に広がり、白い足袋にじわりと浸みていく。
しかしそれすらも気にならないほど、鷹宮撫子は狼狽していた。
土間に立ったままの軍人が痛ましげに目を伏せ、繰り返し告げる。
「はい。鷹宮咲耶少佐はあやかしとの戦闘中に戦死なさいました」
改めて耳に届いた夫の名前と、続いた言葉に、撫子は大きく目を見開いた。
目の前が暗くなっていきそうな感覚に襲われた撫子の前に、報告へ来た軍人が懐から小さな包みを取り出した。
差し出された包みを受け取り、撫子はそっと開ける。
そこにあったのは、泥にまみれた認識票だ。
「遺体はなく、これだけがその場に残っていました」
撫子は震える手で必死に名前を確認する。
間違いだったのならば、と祈るように認識票に視線を落とした。
だが、祈りも空しく「鷹宮咲耶」と書かれていた。
「この度はお悔やみ申し上げます。詳細につきましては、後日書面が届けられるものと存じます」
深く頭を下げた軍人に何か返さなくてはならない。
そう頭では理解しているというのに、撫子の口ははくはくと意味のない空気を漏らすだけで、明確な音を出すことができなかった。
「それでは失礼いたします」
軍人は撫子の反応を予想していたようで、静かに敬礼をすると辞去した。
玄関の扉が完全に閉まった瞬間、撫子はその場に崩れ落ちた。
唯一自身の元へ返ってきた認識票を握りしめる。
「っ、咲耶さまっ……! どうしてっ」
堪えていたはずの涙が堰を切ったように溢れ出す。
脳裏に思い出されるのは、咲耶の優しげな微笑みばかりだ。
此度のあやかし討伐にも柔和な表情で出立した、最愛の人。
せめてもの御守りにと結界と治癒の異能を込めた結界石を渡していたが、なんの役にも立てなかった。
「帰ってくるって、言ったのに……!」
軍人の妻。
いつどうなるのか分からない職業だとは覚悟していたはずだった。
しかし、齢18の少女が抱くちっぽけな覚悟では足りなかったらしい。
身を引き裂くような痛みが心に刺さる。
「っ、私、まだたくさんっ、伝えたかったのにっ」
実家から連れ出してくれた感謝や恥ずかしくてついぞ口にしなかった愛の言葉。
それらを伝えられていれば違ったのだろうか。
帰ってきてくれたのだろうか。
後悔してもしきれない思いが止めどなく目から流れ落ちる。
撫子は使用人が様子を見にくるまで、一生分の涙を使い果たさんと泣きじゃくっていた。
手から滑り落ちた花瓶が板の間に落ち、甲高い音を立てて割れた。
冷たい水が床に広がり、白い足袋にじわりと浸みていく。
しかしそれすらも気にならないほど、鷹宮撫子は狼狽していた。
土間に立ったままの軍人が痛ましげに目を伏せ、繰り返し告げる。
「はい。鷹宮咲耶少佐はあやかしとの戦闘中に戦死なさいました」
改めて耳に届いた夫の名前と、続いた言葉に、撫子は大きく目を見開いた。
目の前が暗くなっていきそうな感覚に襲われた撫子の前に、報告へ来た軍人が懐から小さな包みを取り出した。
差し出された包みを受け取り、撫子はそっと開ける。
そこにあったのは、泥にまみれた認識票だ。
「遺体はなく、これだけがその場に残っていました」
撫子は震える手で必死に名前を確認する。
間違いだったのならば、と祈るように認識票に視線を落とした。
だが、祈りも空しく「鷹宮咲耶」と書かれていた。
「この度はお悔やみ申し上げます。詳細につきましては、後日書面が届けられるものと存じます」
深く頭を下げた軍人に何か返さなくてはならない。
そう頭では理解しているというのに、撫子の口ははくはくと意味のない空気を漏らすだけで、明確な音を出すことができなかった。
「それでは失礼いたします」
軍人は撫子の反応を予想していたようで、静かに敬礼をすると辞去した。
玄関の扉が完全に閉まった瞬間、撫子はその場に崩れ落ちた。
唯一自身の元へ返ってきた認識票を握りしめる。
「っ、咲耶さまっ……! どうしてっ」
堪えていたはずの涙が堰を切ったように溢れ出す。
脳裏に思い出されるのは、咲耶の優しげな微笑みばかりだ。
此度のあやかし討伐にも柔和な表情で出立した、最愛の人。
せめてもの御守りにと結界と治癒の異能を込めた結界石を渡していたが、なんの役にも立てなかった。
「帰ってくるって、言ったのに……!」
軍人の妻。
いつどうなるのか分からない職業だとは覚悟していたはずだった。
しかし、齢18の少女が抱くちっぽけな覚悟では足りなかったらしい。
身を引き裂くような痛みが心に刺さる。
「っ、私、まだたくさんっ、伝えたかったのにっ」
実家から連れ出してくれた感謝や恥ずかしくてついぞ口にしなかった愛の言葉。
それらを伝えられていれば違ったのだろうか。
帰ってきてくれたのだろうか。
後悔してもしきれない思いが止めどなく目から流れ落ちる。
撫子は使用人が様子を見にくるまで、一生分の涙を使い果たさんと泣きじゃくっていた。



