それからしばらくたった日。伊織は読める本を見つけられなくて、なにも持たずに席に戻ってきた。
――またか。
今回はまた違うことだ。しかも、あのときほど引きずっていないのに。
いっそ帰ろうかと思ったが、帰る気にはなれなくて椅子に座った。すると、入れ替わるように朔が立ち上がる。
「……これ」
そして、戻ってくるといつも薦め合うように本を差し出した。
タイトルを見る。おそらくバッドエンド。
「俺に?」
「そう」
「なんで?」
普通に薦めてくれただけだと分かっている。だが、なにか理由がありそうだと思った伊織は聞いた。
「この前読んでたから」
「読んでたけど」
「嫌だったら返しといて。今の伊織なら読むかなって考えただけだから」
伊織の目が、静かに読書に戻った朔と、渡された本を行き来した。
「いや、読む。ありがとう」
「どういたしまして」
伊織は本を開いた。読み始めようとしたが、文字から目を離して、朔のことを考え始める。
前まで、朔はバッドエンドを読ませたいのかと思っていた。一番最初に薦めてくれたのもバッドエンドだし、いたずらで読まされたのもバッドエンドだった。
――でも朔は、多分そうじゃない。
読むこと自体を喜んでいるわけではないのかもしれない。
今回の場合はむしろ、読むと思ったから薦めただけで。
朔は隣で読書をしている。その横顔からは、なにを考えながら読んでいるのかは分からない。
――俺が知ってるのは。
朔はバッドエンドが好きだ。ハッピーエンドは嫌いではないが、都合のいい終わり方をする物語は嫌い。
それから、朔は伊織の好みをよく分かっている。伊織がどんな話の展開が好きで、どんな話の展開が苦手なのか。
伊織が朔について知っていることは、これだけだ。
逆に、詳しいことを追及しない朔は、伊織のなにを、どのくらい知っているのか。
伊織のことをよく見ている朔は、見ていてどんなことを思っていて、どこまで理解しているのか。



