その数日後。
――早く。
伊織は駆け足とも言えるくらいのスピードで、図書館へ向かっていた。
早く図書館に行きたい。好きな本を読みたい。朔とまた、好みについて話したい。
とにかく、ぐるぐるしている嫌な気持ちをどうにかしたい。
――余計なことだったのかな。
『そのこと』はなにげない日常の中で唐突に起こった。
グループで作業をしていて、一番に作業が終わったから別の作業を進めておいた。役に立てればいいなと思っていた。
『それ、別にやんなくてもいいよ。なくてもできるし』
が、どうやらありがた迷惑だったらしい。
『でもまあ、ありがとう』
不必要だったらしい。
伊織は邪魔をしたわけではないし、相手も悪くない。ちょっとした行き違いがあっただけ。
『そっか、ごめん』
その場では笑って謝った。でも、まだ引っかかっている。
これが、誰かにひどいことをされたとか、そういう類のことだったらよかった。責める対象が明確にできるから。今回はそうじゃないから、誰も責められない。
自分の気持ちを持っていく場所がないまま、伊織は図書館に到着する。
「どうも」
「朔。……一昨日ぶり」
平常どおりを意識しながら挨拶を交わす。だがそれを継続できる気がしなくて、リュックを置くとすぐに棚へ向かった。
見慣れた背表紙を見つけて、すぐに本棚から抜き取る。
そこまで分厚い本じゃないのに読み応えがあって、読後に明るい気持ちになることができる。伊織が一番好きなハッピーエンド。
戻ってくると、朔がちらりと伊織の手の中の本を見た。
「それ、また読むんだ」
「うん」
短く返事をして、椅子に座る。
物語の主人公は家族や友人とうまくいっていなくて、自分の居場所がないように感じていた。その状況を再会した幼馴染とともに変えていく話だ。
最初はすらすらとページが進んだ。だけど、途中から手が止まる。
クラスメートと分かり合えた。家族との誤解も解けた。幼馴染と一緒に頑張ってきたことが報われて、あとは幸せに終わるだけ。これでこそハッピーエンド。
――そんなにうまくいくわけないじゃん。
現実では相手がなにを求めているのか、どう受け取るかは予測できない。
物語の中ではちゃんと気持ちが伝わって、最後には心が通じ合う。それが眩しい。
普通だったら本を読めば機嫌を直すことができた。表紙を開いたらすぐ、気持ちが切り替わった。
なのに。
――こんな簡単じゃないって。
なんだか、読み進める気分になれなかった。
途中で本を閉じる。別の本もとってくる。
この前読んで好きだったハッピーエンドでも、読めなかった。途中でページをめくるペースが落ちていった。
「どうかした?」
朔がこっちを向いている。
「ずっとそのページ見てる。今日、読むスピード遅くない?」
「……そんなことないよ。気のせいだって」
「そう」
朔が言うとおりだった。ページは進んでいない。
伊織は本を閉じた。
――今日はハッピーエンドが読めない。



