【短】君と読む、結末談義




「朔」

「伊織、どうも」


 朔よりも遅く来た伊織は、リュックを机にのせて中から本と貸出カードを取り出す。


「この前薦めてくれた本、面白かった」


 本を読みながら朔が言う。短い感想を聞いて、伊織はもう定番になった質問をした。


「好きだった?」

「これは、まあまあ」

「よっしゃ!」


 伊織はあの日からバッドエンドとハッピーエンドを交互に薦めるようになっていて、前回おすすめしたのはハッピーエンドだった。

 少しでも気に入ってもらえたのが嬉しい。おすすめする本を考えるときは、その都度今までのリアクションを見てよさそうなのを選んでいたが、中でも手応えがあるセレクトだった。


「ちなみにどこらへんが?」

「主人公が、欲張らなかったこと」

「好きな人を選ぶか、自分の夢を選ぶかっていう?」

「そう」

「やっぱり?」


 朔がそういう系統の話を好むことにはうっすら気付いていた。この会話で、それが確信に変わる。


「伊織は?」

「こっちも結構好きだったよ。朔が選ぶハッピーエンドはいいね」

「もう好み知ってるから。伊織は主人公が逆境を乗り越えていく話が好き」

「さっすが朔!」

「今度はそういうタイプじゃない話も薦めたいんだけど」

「もちろん! 待ってるから!」


 朔は伊織が読んだことがない本をたくさん知っている。おかげで毎回いい本に出会えていた。


「そうそう。朔さ、」


 伊織が言うと、朔は姿勢を変えずに横目でこちらを見た。


「新着図書のコーナー、見た?」

「見た」

「『願いごとは叶いました』の新装版、入ってたのも見た?」

「うん」

「今までに旧版含めて読んだことある?」

「ない」


――オッケー、これならいける!


 なに?と言いたげな顔の朔に、伊織は提案した。


「ねえ朔、一緒に読んでみない?」

「一緒に?」

「そ。たしか『願いごとは叶いました』って旧版もここにあるよね? どっちかが新装版で、どっちかが旧版にしたら、二人で読めるよ。新装版って内容はほぼ変わってないし、俺も読んだことないから」

「……いいんじゃない?」


 朔は本に栞を挟んだ。


「……これ、絶対ハッピーエンドだ」

「読み終わったってこと?」

「いや、全然途中、半分くらいしか読んでないけど」


 伊織のどんな言葉にも反応してくれる朔は、独り言にも返事をしてくれる。


「なんか、ラストはハッピーな予感」

「そう? 僕は、とりあえずハッピーにはならなさそうだと思ってたけど」


 朔はページを前に戻してとある文章を指さした。



 *



「もうお前とは会わない」

 そう言った彼の手を、僕は最後まで離さなかった。彼もまた、振りほどこうとはしなかった。



 *



「ここの描写が」

「そうそこ!」


 朔が指さしたのは、伊織が言おうと思っていたのと同じ箇所だった。


「俺思うんだけど、その『会わない』って絶対嘘だよね。口ではそう言ってるけど、まだなにかあるんじゃない?」


 実際はまた会いに来る、とかそういう展開になって、ハッピーエンド。

 伊織にはこの流れにしか見えない。


「たしかに、気持ちが残ってるから振りほどけないのかもね」


 朔は顎に手を当てて言う。


「でも、今は受け入れているだけで、会わないって決めたのは変わらないと思う」

「そんなことある? 本当に別れたいんだったら、振りほどけばよくない?」

「可能性の話。嫌いではないことを表しているだけで。……もし本当に会わないでこのまま終わったら?」

「……それはちょっと嫌だな」


 伊織が苦い顔で答えると、朔はさらに質問した。瞳には好奇心がにじんでいて、じっと伊織を見ている。


「伊織って、どんなバッドエンドだったら好き?」

「どんなのでも好きにはならないけど」

「主人公が死ぬやつは?」

「嫌」

「サイドキャラだったら?」

「それも嫌」

「最後に一人だけ幸せになったら?」

「それは……ギリハッピーエンド?」

「……ふうん」


 朔は唐突に質問をやめて、読書に戻っていった。


――なに?


 じっと朔を見ていると、唇の端が少し上がっていることに気付いた。物語の中に面白いシーンでもあったのだろうか。

 ちなみに、ラストはどっちつかずだった。普段ならはっきりさせてほしいと思うが、たまにはラストが曖昧な話を読むのもいいかもしれない。朔と捉え方が違って、楽しかったから。