「ねえ朔。これ読んでみてくれない?」
ついさっき本棚からとってきた本を体の前に持ってきて、朔に向ける。
見せたのは、青空の下で笑いながらすごす二人の様子が描かれた表紙。二人はベンチに座っていて、隣に自転車が止まっている。
朔は顔を上げた。読書中に声をかけられたことに対して、気分を害した様子はない。
「いいけど。急になんで?」
「朔にハッピーエンド、読んでほしくなって。多分好きだと思うからさ」
嫌いだった、と言われたらショックだから、ちゃんと内容は考えた。ハッピーエンド色が強いものではなく抑え気味のもの。幸せを全面に押し出したものはさけた。
きっと、気に入ってくれるだろう。
「分かった」
朔は受け取った本を机に置いた。横に貸出カードも置く。
「ちょっと待ってて」
そして、くるりと体の向きを変えて棚の向こうへと歩いていった。
伊織がなにもしないまま待つこと1、2分。朔は全体的に暗めな色をした本を持ってきた。
「伊織はこれ読んで」
まずは表紙を確認。暗い世界の中、逆光に照らされた人の後ろ姿と大きな城が描かれている。タイトルの文字は白で書かれていて、妙に明るい。
次にあらすじを確認する。
*
長い旅路の果てに、勇者たちはついに魔王の城へと辿り着く。
幾多の戦いを乗り越え、仲間たちの想いを胸に、勇者は最後の敵と対峙した。
勇者は剣を振るう。
この戦いに勝てば、すべてが終わる。
人々は再び笑い合い、失われた平穏が戻ってくる。
世界中に歓声が響き渡り、人々は訪れた勝利を喜ぶのだろう。
――誰もがそう、信じて。
*
「……これ、バッドエンドじゃない?」
表紙といいあらすじといい雰囲気がバッドエンドで、伊織は警戒する。
「バッドエンド」
「……やっぱり」
「面白いよ」
「それは分かるって」
伊織は顔をしかめる。
「朔が面白いって言ってるのは分かる。面白いものは面白いし。でも、好きじゃない」
「面白いけど好きじゃないってどんな感じ?」
「好きじゃないし、むしろ嫌いだけど面白いってこと」
「難しいね」
肩をすくめて、朔が言った。
「嫌いだけど面白い、か」
「朔のほうが分かんないって」
伊織は適当にページをめくってみる。ざっと目をとおしてみたが、よさそうな終わり方にはならなさそうだ。
さっきの話を聞くに、朔が選んだのは伊織が特に苦手なタイプのバッドエンドかもしれない。
だけど。
「……とりあえず、読んでみる」
――だって、朔が選んでくれたわけだし。
伊織が言うと、朔はただ『どうも』と返した。
ふう、と息をついて、本の世界に入っていく。
朔が選んだ小説は、主人公である勇者の視点で進んでいく物語だった。
勇者は、人間たちを襲うようになった魔王を討伐するために戦い方を学び、仲間を集め、旅に出る。ようやく城へたどり着き、勇者は魔王を倒すことを誓い、仲間とともに城を攻略していった。
――普通に、面白い。
伊織は夢中で本を読み進め……、
ぱたん
無言で本を閉じた。横を向くと、朔は伊織が薦めた本を読み終えていて、ほかの本を読んでいる。
「……朔」
朔は伊織を見る。伊織が本を閉じていることに気付いて、体の向きを変えた。
「読み終わったんだ」
「一応読みきったけど! 朔、なにこれ!?」
伊織の声の大きさに、朔は体を引いた。
「声のボリューム。図書館」
「……分かってるけど。でもさ、」
勇者は無事、全員の力で魔王を討伐することができた。剣を掲げて、勝利を宣言した。……その瞬間。
『施術者の死亡を確認。人類の保護を終了します』
「こんな終わり方ある!?」
魔王は人間を守るための結界を維持していた存在だった。その魔王を討伐してしまったら……人間はどうなるか。
あとからいくつか説明が続いたが、頭に入ってこなかった。なにせ、結末が衝撃的すぎて。
「俺、今まで読んだどのバッドエンドよりもひどい終わり方した本読んだ……!」
「そう」
「今めっちゃ心の中ざらざらしてる!」
「そんな感じだったっけ」
淡々としている朔に、伊織は深呼吸を一つしてから質問した。
「まあ……それはおいといて。朔、その本面白かった?」
「面白かった」
それを聞いて、伊織は笑顔になった。
「よかった! てことは好きだった?」
「そこまでは」
伊織はむくれて頬をふくらませる。朔が好きそうなものを選んだのに、気に入ってもらえなかった。
「嫌いではなかったよ。結末はよかった」
「結末! だよね」
「主人公が一回謝るのを諦めたあと、あとからちゃんと謝ろうって考えたところ」
「……え、そこ?」
「そこ」
自分が予想していたところの斜め上の答えが来て、伊織は思わず聞き返した。
「仲直りできたところじゃなくて? 俺はそこが好きだったんだけど」
「僕にとっては。あと、主人公が実際に行動して謝ったところも」
「なんで?」
「謝らないで仲直りするほうが嫌だから」
「……あ、そういうこと」
伊織の中で、一つの考えが浮かんだ。
朔はハッピーエンドが好きではないわけじゃなくて、都合よく終わることが納得できないのかもしれない。それなら前に言っていたことともぴったり合う。
それでも、どんな結末なら絶対に納得してくれるのかは、分からないが。
「…………それはそれで、いっか」
――朔の好みを知る手がかりみたいなものってことで。
伊織がつぶやくと、今度は朔が質問する。
「そっちは? さっき批判してたけど、面白かった?」
「…………面白かった」
――好きじゃないのに面白いのは悔しいけど。
小声でぼそりと伝えると、朔は少しだけ嬉しそうに頷いた。
「よかった」
それ以上はなにも聞いてこない。
伊織は微妙な気持ちになった。それは反応がよくなかったからか、伊織が聞いたみたいに『好きだった?』と質問しなかったからか。
――とりあえず、
「朔、明日も来る?」
「明日? ……来る」
「じゃあ、明日もなにかおすすめする。今度はバッドエンドとか。あんま読んでないけど、思い出してみるから」
「そう。伊織がやるんだったら、僕もやってみる。ハッピーエンド探し」
約束して、二人は別の本を読みだした。



