千隼は私を佐倉さんのいるオフィスから連れ出すと、私を車へと押し込める。
佐倉さんのオフィスには、千隼と一緒についてきた曽根さんたちが調査へと入った。呪術庁の高官としての権力を行使したらしい。
残してきた佐倉さんや井坂くんが、心配になってしまう。
「小学校の講師以外の呪術師の仕事に興味をもたれていたのなら、僕に相談してくだされば良かったのに」
千隼は私の頬を撫でる。機嫌がいいのか悪いのか掴めない表情で。
「駄目ですよ、井坂さんに騙されて、佐倉さんにまたいいように使われては」
「でも、井坂くんはあの会社は悪いことはしていないって言ってた!」
千隼は私のことを呆れるような微笑ましげなような、複雑な感情のこもった目で見ていた。
「あなたは人のことを少し信じすぎるきらいがありますね。夏鈴様のそういったところは僕は好きですが、心配にもなってしまいます」
千隼は私の頭をそっと抱き寄せると、私の耳をはむ、と噛んだ。
「ふふ、僕を心配させたお仕置きです。安心してください、もっと呪術師としての活躍の幅を広げたいなら、僕こそが喜んで力になりますから」
そういって笑う千隼を見ていると、私が悪いことをしていて、最初から千隼に相談していればすべて解決していたのではないかという気分にすらなってくる。
でも、何かが間違っている。そんな感覚があった。
「ねぇ、その「私が呪術師として活躍できる仕事」って、あくまで千隼が用意した、「千隼の力で守られた仕事」なんだよね」
「いいえ。僕が用意するのは、あなたにふさわしい、あなたに最適な仕事です」
「でも、それって、千隼の第一採用課の課長としての権力を使った、「私のためにつくられた仕事」なんだと思う」
私はそれでは納得できないし、それだと足りない。
佐倉さんのくれた言葉が私に力をくれた。
「私は千隼の力を借りずに、千隼の隣に対等に立ちたいの」
私を抱き寄せる千隼の力がぐっと強くなった。
千隼は珍しく震え声で、私を茶化すようにして言う。
「なんですか。そんなのまるで、あなたが僕に恋しているようにすら思えるのですが」
それは私を挑発するために発された言葉なのだとは思う。
でも、それに私は素直にこたえた。
「うん……きっと私は、千隼に恋をしているんだよ」
「え?」
「自分で自分を信じられない中で、私の分まで私を肯定してくれた千隼に、恋しないなんて無理に決まっているじゃない」
千隼の表情を彼の腕の中でそっと見上げると。
千隼はこれまで見たことがないような、動揺に満ちた真っ赤な顔をしていた。
「……え……?」
「え? ……え?」と千隼は壊れたようにひたすら疑問符を並べ立てていた。
なんだ、この壊れた機械のような反応は。脈なしなのは分かっていたが、さすがに傷ついてしまう。
「とにかく。私は千隼の力になりたいし、千隼に認めてもらいたいの! 千隼の手を借りなくてもね」
私が強気を装いつつ千隼の腕から抜け出すと、千隼は両手で顔を覆い、うなだれていた。
「……だとしても、佐倉沙紀のもとで働くのはやめてください」
「なんで?」
「あんなろくでもない女のもとで僕の夏鈴様が働くなんて論外です。また酷い目にあわされても、呪術庁の外で起きたことでは僕が手出しできる範囲は限られてる」
千隼は大きなため息をつく。
「それでも佐倉沙紀のもとで働きたいというのなら」
「うん」
「あの会社を僕の持てる力をすべて使って、潰します」
「は!?」
私の言葉に今もまだ戸惑った顔をしている千隼だったが、その言動は明らかに常軌を逸していた。
「あなたが僕の力を借りたくないという気持ちはわかりました。ですが、僕もあなたを守りたいという望みをもっている」
千隼は私の目を見て、今持てる余裕をかき集めたような様子で涼しげに笑う。
「あなたにもあなたの望みがあるように、僕には僕の望みがある。それが相反しているのなら、僕はあくまで僕のやりたいことを貫きます」
千隼は私の右手をそっと握った。
「あなたの為だと思えば、僕はあなたの意志に反しても文字通りなんでもする。これが僕です……だから、こんな醜い男に恋なんて、しなくていいんですよ」
私は千隼をじっと見つめる。
正直、何を今更という気持ちだった。
「そんなのずっと前から分かってるよ」
思えば第二採用課を摘発したのも、井坂くんや佐倉さんをリストラしたのも、私を実家から連れ出したことだって、私は別に頼んでいない。
千隼はあくまで自分のやりたいこととして、身勝手に私を「救って」いたのだ。
それを危ういと感じるし、今後は必要に応じて千隼を止めたりはすべきだとは思うけど、それが千隼に恋しない理由にはならなかった。
「私はそれでも千隼のことが好きだよ」
私は千隼の手をそっと自分の口元にもっていく。
「私も千隼が望まなくても、千隼のために強くなりたいと思っているんだから、おあいこだよ。似た者同士だね、私たち」
私は千隼の手にキスをする振りをした。
「へへ、本当にキスされると思った?」
「…………」
千隼の手を離し、照れ隠しにパッと距離をとる。
千隼は何かを考え込んでいるかのように黙ったまま、私のことを見つめていた。
「あなたが僕に恋しているというのは分かりました」
「うんうん」
「なら、もちろん僕と結婚してくれますよね?」
真顔でそう言い放つ千隼に、思わず私はむせてしまった。
と、突然何を言い出すんだ、千隼は!?
「僕に恋しているなら、結婚しないという選択肢はないでしょう。自分の言葉には責任をもってくださいね、夏鈴様」
「ちょっと待って、ちょっと待って。それは駄目だよ」
「どうして?」
至極不思議そうな顔で首をかしげる千隼に、私こそ意味が分からないという気持ちで言った。
「千隼が私に恋をしていないからだよ!」
「僕は夏鈴様に恋をしていなくても、夏鈴様と結婚できますが」
「駄目です。結婚は信仰相手じゃなくて、あくまでちゃんと好きな人としないと」
私がそう伝えても、千隼はあまりピンときていない様子だった。
「私は私のことを好きな人じゃないと結婚したくない」
「なるほど」
千隼は少し考え込んだあと、私にちらりと視線をおくる。
「では、まずは僕たちは恋人同士になりましょうか」
「……は……?」
「言ってしまえば、僕があなたを「恋愛対象」として扱えばよいのでしょう? なら、今すぐ結婚するのではなく、まずはゆっくりお互いの仲を深めていくのは?」
「えっとつまり、千隼は私と恋をしたいということ?」
千隼は笑顔で首を横にふる。
「いいえ? あくまで夏鈴様は僕にとっての「神」ですから」
まさか生きてる間にこんな形容詞で人から呼ばれるとは思っていなかった。
今度は私の方が頭を抱えてしまいそうだ。
「正直、僕は夏鈴様に恋をしていなくても、夏鈴様とキスもしたいですし、その先に進んだ時に夏鈴様がどんな顔をされるのかも見てみたいです」
「は!?」
「なので、別に恋がなくても僕はあなたと結婚はできるのですが。でも、それだと夏鈴様が納得されないのでしょう?」
そういって千隼は私の手を自分の口元にもっていくと、躊躇いなくキスをする。
「まさか、キスされないで済むと思いましたか? はは、このままあなたの唇も奪ってしまってもいいんですよ」
こ、こいつ……。
私は誓う。
「ち、千隼!」
「なんですか?」
「絶対に私は、あなたを振り向かせてみせるから!」
そう宣言した私に千隼は笑う。
「僕も僕の望むがままに、これからもあなたの為に生きさせていただきます」
佐倉さんのオフィスには、千隼と一緒についてきた曽根さんたちが調査へと入った。呪術庁の高官としての権力を行使したらしい。
残してきた佐倉さんや井坂くんが、心配になってしまう。
「小学校の講師以外の呪術師の仕事に興味をもたれていたのなら、僕に相談してくだされば良かったのに」
千隼は私の頬を撫でる。機嫌がいいのか悪いのか掴めない表情で。
「駄目ですよ、井坂さんに騙されて、佐倉さんにまたいいように使われては」
「でも、井坂くんはあの会社は悪いことはしていないって言ってた!」
千隼は私のことを呆れるような微笑ましげなような、複雑な感情のこもった目で見ていた。
「あなたは人のことを少し信じすぎるきらいがありますね。夏鈴様のそういったところは僕は好きですが、心配にもなってしまいます」
千隼は私の頭をそっと抱き寄せると、私の耳をはむ、と噛んだ。
「ふふ、僕を心配させたお仕置きです。安心してください、もっと呪術師としての活躍の幅を広げたいなら、僕こそが喜んで力になりますから」
そういって笑う千隼を見ていると、私が悪いことをしていて、最初から千隼に相談していればすべて解決していたのではないかという気分にすらなってくる。
でも、何かが間違っている。そんな感覚があった。
「ねぇ、その「私が呪術師として活躍できる仕事」って、あくまで千隼が用意した、「千隼の力で守られた仕事」なんだよね」
「いいえ。僕が用意するのは、あなたにふさわしい、あなたに最適な仕事です」
「でも、それって、千隼の第一採用課の課長としての権力を使った、「私のためにつくられた仕事」なんだと思う」
私はそれでは納得できないし、それだと足りない。
佐倉さんのくれた言葉が私に力をくれた。
「私は千隼の力を借りずに、千隼の隣に対等に立ちたいの」
私を抱き寄せる千隼の力がぐっと強くなった。
千隼は珍しく震え声で、私を茶化すようにして言う。
「なんですか。そんなのまるで、あなたが僕に恋しているようにすら思えるのですが」
それは私を挑発するために発された言葉なのだとは思う。
でも、それに私は素直にこたえた。
「うん……きっと私は、千隼に恋をしているんだよ」
「え?」
「自分で自分を信じられない中で、私の分まで私を肯定してくれた千隼に、恋しないなんて無理に決まっているじゃない」
千隼の表情を彼の腕の中でそっと見上げると。
千隼はこれまで見たことがないような、動揺に満ちた真っ赤な顔をしていた。
「……え……?」
「え? ……え?」と千隼は壊れたようにひたすら疑問符を並べ立てていた。
なんだ、この壊れた機械のような反応は。脈なしなのは分かっていたが、さすがに傷ついてしまう。
「とにかく。私は千隼の力になりたいし、千隼に認めてもらいたいの! 千隼の手を借りなくてもね」
私が強気を装いつつ千隼の腕から抜け出すと、千隼は両手で顔を覆い、うなだれていた。
「……だとしても、佐倉沙紀のもとで働くのはやめてください」
「なんで?」
「あんなろくでもない女のもとで僕の夏鈴様が働くなんて論外です。また酷い目にあわされても、呪術庁の外で起きたことでは僕が手出しできる範囲は限られてる」
千隼は大きなため息をつく。
「それでも佐倉沙紀のもとで働きたいというのなら」
「うん」
「あの会社を僕の持てる力をすべて使って、潰します」
「は!?」
私の言葉に今もまだ戸惑った顔をしている千隼だったが、その言動は明らかに常軌を逸していた。
「あなたが僕の力を借りたくないという気持ちはわかりました。ですが、僕もあなたを守りたいという望みをもっている」
千隼は私の目を見て、今持てる余裕をかき集めたような様子で涼しげに笑う。
「あなたにもあなたの望みがあるように、僕には僕の望みがある。それが相反しているのなら、僕はあくまで僕のやりたいことを貫きます」
千隼は私の右手をそっと握った。
「あなたの為だと思えば、僕はあなたの意志に反しても文字通りなんでもする。これが僕です……だから、こんな醜い男に恋なんて、しなくていいんですよ」
私は千隼をじっと見つめる。
正直、何を今更という気持ちだった。
「そんなのずっと前から分かってるよ」
思えば第二採用課を摘発したのも、井坂くんや佐倉さんをリストラしたのも、私を実家から連れ出したことだって、私は別に頼んでいない。
千隼はあくまで自分のやりたいこととして、身勝手に私を「救って」いたのだ。
それを危ういと感じるし、今後は必要に応じて千隼を止めたりはすべきだとは思うけど、それが千隼に恋しない理由にはならなかった。
「私はそれでも千隼のことが好きだよ」
私は千隼の手をそっと自分の口元にもっていく。
「私も千隼が望まなくても、千隼のために強くなりたいと思っているんだから、おあいこだよ。似た者同士だね、私たち」
私は千隼の手にキスをする振りをした。
「へへ、本当にキスされると思った?」
「…………」
千隼の手を離し、照れ隠しにパッと距離をとる。
千隼は何かを考え込んでいるかのように黙ったまま、私のことを見つめていた。
「あなたが僕に恋しているというのは分かりました」
「うんうん」
「なら、もちろん僕と結婚してくれますよね?」
真顔でそう言い放つ千隼に、思わず私はむせてしまった。
と、突然何を言い出すんだ、千隼は!?
「僕に恋しているなら、結婚しないという選択肢はないでしょう。自分の言葉には責任をもってくださいね、夏鈴様」
「ちょっと待って、ちょっと待って。それは駄目だよ」
「どうして?」
至極不思議そうな顔で首をかしげる千隼に、私こそ意味が分からないという気持ちで言った。
「千隼が私に恋をしていないからだよ!」
「僕は夏鈴様に恋をしていなくても、夏鈴様と結婚できますが」
「駄目です。結婚は信仰相手じゃなくて、あくまでちゃんと好きな人としないと」
私がそう伝えても、千隼はあまりピンときていない様子だった。
「私は私のことを好きな人じゃないと結婚したくない」
「なるほど」
千隼は少し考え込んだあと、私にちらりと視線をおくる。
「では、まずは僕たちは恋人同士になりましょうか」
「……は……?」
「言ってしまえば、僕があなたを「恋愛対象」として扱えばよいのでしょう? なら、今すぐ結婚するのではなく、まずはゆっくりお互いの仲を深めていくのは?」
「えっとつまり、千隼は私と恋をしたいということ?」
千隼は笑顔で首を横にふる。
「いいえ? あくまで夏鈴様は僕にとっての「神」ですから」
まさか生きてる間にこんな形容詞で人から呼ばれるとは思っていなかった。
今度は私の方が頭を抱えてしまいそうだ。
「正直、僕は夏鈴様に恋をしていなくても、夏鈴様とキスもしたいですし、その先に進んだ時に夏鈴様がどんな顔をされるのかも見てみたいです」
「は!?」
「なので、別に恋がなくても僕はあなたと結婚はできるのですが。でも、それだと夏鈴様が納得されないのでしょう?」
そういって千隼は私の手を自分の口元にもっていくと、躊躇いなくキスをする。
「まさか、キスされないで済むと思いましたか? はは、このままあなたの唇も奪ってしまってもいいんですよ」
こ、こいつ……。
私は誓う。
「ち、千隼!」
「なんですか?」
「絶対に私は、あなたを振り向かせてみせるから!」
そう宣言した私に千隼は笑う。
「僕も僕の望むがままに、これからもあなたの為に生きさせていただきます」

