数日後。私は井坂くんに連絡をとり、彼とともに減衰罹患者への仕事を斡旋しているというベンチャー企業へ向かっていた。
「いいか村谷、ここに来ると最終的に決めたのはお前だからな。俺はお前がいかなる精神的ダメージを負うことがあっても、決して責任は取らないとは言っておく」
「大丈夫。少しでも怪しいなと思ったらすぐに立ち去るから」
「いや、ここの経営自体はおおよそ健全だし、減衰罹患者を活躍させるという理念自体は本物だ」
それなら何故ここまで念入りに警告するのだろうと首をかしげてしまう。
その疑問に答えないまま、井坂くんは「俺は別室でほかの作業をしているから、なにかあっても手をかしたりはしないぞ」と言って、言葉通りロビーに私を置いてオフィスの奥へと去っていってしまった。
「井坂くんはやっぱり井坂くんだなあ」
こんな時ぐらい側にいてくれても、と思いつつ、井坂くんがいようがいまいが、別に何も変わらないだろうと思い直す。
私は受付に置かれた内線に到着の連絡を入れたあと、オフィスのロビーに置かれたシンプルなデザインのソファーへと座った。
内線から聞こえた声はどこか聞き覚えのある女性の声だったが、気のせいかもしれない。
「……はぁ」
私は緊張でドキドキしていた。
私は就活の時に呪術庁しか受けなかったので、民間の会社の説明会に行くのは初めてだ。
誇張抜きにこれまでの私の仕事歴は呪術庁と単発バイトと実家の家事手伝いのみで、企業勤めとはどういう感じなのかがよく分かっていない。
この会社は呪術師を業務委託でしか雇わないらしいのだが、業務委託というのも全くどういうものなのか、見当もつかない。
私は井坂くんがあんなに警告してくれていたのに、そんなことにばかり気を取られ、彼の言葉の意味をしっかりと考える余裕ももてていなかった。
私がロビーでソワソワしている中、オフィスの奥からカツンカツンとヒールの音がする。
そして、私の前にオフィスカジュアルとガーリーファッションを足して2で割ったような服装の女性が現れた。
「こんなに怪しい求人の説明会に本当に来たんですね。私にあれだけ痛い目にあわされたのに、ひょっとしてそんなに反省してないの?」
「……っ!?」
「お久しぶりです、村谷夏鈴さん。ずっとまたお会いしたいと思ってました」
そういって華やかに微笑みながら胸の前で両手を重ね合わせる女性は、千隼に摘発された第二採用課の職員の一人であり、私をずっと騙していた人。
佐倉沙紀さんに他ならなかった。
「飲み物は紅茶とコーヒー、どちらがいいですか?」
「えっと、紅茶で」
佐倉さんは席を立つと、ロビーの奥に置かれたペットボトルを2本取り出し、1本を私の前に置いた。
それは北海道限定の紅茶ブランドのペットボトルで、謎にこだわりの感じられるセレクトに首をかしげる。
佐倉さんはというと、京都限定ブランドの缶コーヒーを開けると、膝を組んで一口飲んだ。
「ごめんなさい、喉が乾いちゃって。お客様であるあなたが飲まれる前に飲んじゃいました」
「い、いや、お気になさらず」
私が気まずさのあまり、佐倉さんから目をそらし続けていると、彼女は「まぁ村谷さん相手なので、そうしたんですけど」といけしゃあしゃあと言い放った。
佐倉さんって、ここまでいい性格をしていたっけ? 私は呆然としてしまう。
「私もあなたに気を遣いませんから、村谷さんも適当でいいんですよ。過去のことは水に流して、ビジネスについて話しましょ?」
「水に流す云々って佐倉さん側に言われると微妙な気持ちになります」
私がやっとのことで佐倉さんと目をあわせると、佐倉さんは肩をすくめた。
「まぁまぁ。私も藤森さんによる二年前の一斉解雇の巻き添えになったことは水に流しますから」
「まさか佐倉さんまで井坂くんと一緒で、自分が解雇されたのは私のせいだなんて言うんですか?」
私は佐倉さんが呪術庁を解雇されていたことに驚きつつ、だからここで働いているのかと納得もしていた。
「まあ元々、この会社の手伝いは呪術庁にいた頃からしていましたけど。呪術庁は副業が可能ですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。お小遣い稼ぎです」
その言葉の響きのあまりのドライさに、思わず佐倉さんに向ける言葉に棘が混じる。
「理想とか、減衰罹患者を救いたいとか、そういう気持ちとかはないんですか?」
「呪術庁時代から減衰罹患者がいいカモになるのは分かってましたから。あくまでビジネスのためです」
湧き出てきた強い感情に、目の前がカっと赤くなる。
私は怒りのあまり、思わず声を荒げた。
「あなたみたいな立場の人には分からないかもしれないですけど、減衰罹患者はみんな、呪力が消える恐怖や周りの目に怯えながら、必死に生きてるんです!」
私は胸の前でぎゅっと握りこぶしをつくる。
「それを好き勝手に利用して、この卑怯もの!」
私が佐倉さんをそういって睨みつけると、佐倉さんは微笑んだ。まるで聖女みたいに。
「ふふ、良かった」
「……え?」
「あなたはまだ自分の為に怒れたんですね」
佐倉さんは手に持っていた缶コーヒーを机の上におく。
「藤森さんの為に強くなりたい。井坂さんから聞きましたが、立派な動機だとは思いつつも、危うくも感じていました」
佐倉さんは組んでいた足を揃えて、私の瞳をじっと見つめる。
「誰かの為に何かをしたいと思うのは立派です。でも、もし藤森さんがあなたのその気持ちを否定したら? あなたは藤森さんの為ではなく、あくまで自分の望みの為に生きることができますか?」
「…………」
「藤森さんに否定されても、藤森さんの為に強くなりたいと思えるぐらいに、あなたが自分の意志で立ち上がれるようになることがあれば。私は村谷さんの力になりましょう……例え藤森さんを敵に回しても」
「この会社を立ち上げたのは、あなたのような人間を本当の意味で救いたいと思ったことがきっかけなのですから」と言って、佐倉さんは目を伏せた。
私は佐倉さんの豹変に戸惑い、痛いところを刺されたような気持ちになりつつも、気づけば彼女の言葉に頷いていた。
すると、佐倉さんは気恥ずかしそうに頬を赤らめたあと、表情を切り替え、いたずらが成功した子供のような顔になる。
「ふふ。やっぱり村谷さんはちょろいです」
「はぁ!?」
「散々酷い目にあわせてきた人間にちょっと泣き落としをされたら、ころっと流されちゃって。そんなのじゃ駄目ですよ、藤森さんの相手をしようと思っ……た、ら……!?」
佐倉さんは言葉の途中からみるみるうちに表情を青くしていき、ガタガタと震え出す。
心配になって佐倉さんに手を伸ばそうとすると、その手を誰かにそっと上から重ねられ、ぎゅっと握りこまれる。
「全く。夏鈴様は本当に、目を離してはいけないお方ですね」
そこにいたのは、ここにはいないはずの千隼だった。
「いいか村谷、ここに来ると最終的に決めたのはお前だからな。俺はお前がいかなる精神的ダメージを負うことがあっても、決して責任は取らないとは言っておく」
「大丈夫。少しでも怪しいなと思ったらすぐに立ち去るから」
「いや、ここの経営自体はおおよそ健全だし、減衰罹患者を活躍させるという理念自体は本物だ」
それなら何故ここまで念入りに警告するのだろうと首をかしげてしまう。
その疑問に答えないまま、井坂くんは「俺は別室でほかの作業をしているから、なにかあっても手をかしたりはしないぞ」と言って、言葉通りロビーに私を置いてオフィスの奥へと去っていってしまった。
「井坂くんはやっぱり井坂くんだなあ」
こんな時ぐらい側にいてくれても、と思いつつ、井坂くんがいようがいまいが、別に何も変わらないだろうと思い直す。
私は受付に置かれた内線に到着の連絡を入れたあと、オフィスのロビーに置かれたシンプルなデザインのソファーへと座った。
内線から聞こえた声はどこか聞き覚えのある女性の声だったが、気のせいかもしれない。
「……はぁ」
私は緊張でドキドキしていた。
私は就活の時に呪術庁しか受けなかったので、民間の会社の説明会に行くのは初めてだ。
誇張抜きにこれまでの私の仕事歴は呪術庁と単発バイトと実家の家事手伝いのみで、企業勤めとはどういう感じなのかがよく分かっていない。
この会社は呪術師を業務委託でしか雇わないらしいのだが、業務委託というのも全くどういうものなのか、見当もつかない。
私は井坂くんがあんなに警告してくれていたのに、そんなことにばかり気を取られ、彼の言葉の意味をしっかりと考える余裕ももてていなかった。
私がロビーでソワソワしている中、オフィスの奥からカツンカツンとヒールの音がする。
そして、私の前にオフィスカジュアルとガーリーファッションを足して2で割ったような服装の女性が現れた。
「こんなに怪しい求人の説明会に本当に来たんですね。私にあれだけ痛い目にあわされたのに、ひょっとしてそんなに反省してないの?」
「……っ!?」
「お久しぶりです、村谷夏鈴さん。ずっとまたお会いしたいと思ってました」
そういって華やかに微笑みながら胸の前で両手を重ね合わせる女性は、千隼に摘発された第二採用課の職員の一人であり、私をずっと騙していた人。
佐倉沙紀さんに他ならなかった。
「飲み物は紅茶とコーヒー、どちらがいいですか?」
「えっと、紅茶で」
佐倉さんは席を立つと、ロビーの奥に置かれたペットボトルを2本取り出し、1本を私の前に置いた。
それは北海道限定の紅茶ブランドのペットボトルで、謎にこだわりの感じられるセレクトに首をかしげる。
佐倉さんはというと、京都限定ブランドの缶コーヒーを開けると、膝を組んで一口飲んだ。
「ごめんなさい、喉が乾いちゃって。お客様であるあなたが飲まれる前に飲んじゃいました」
「い、いや、お気になさらず」
私が気まずさのあまり、佐倉さんから目をそらし続けていると、彼女は「まぁ村谷さん相手なので、そうしたんですけど」といけしゃあしゃあと言い放った。
佐倉さんって、ここまでいい性格をしていたっけ? 私は呆然としてしまう。
「私もあなたに気を遣いませんから、村谷さんも適当でいいんですよ。過去のことは水に流して、ビジネスについて話しましょ?」
「水に流す云々って佐倉さん側に言われると微妙な気持ちになります」
私がやっとのことで佐倉さんと目をあわせると、佐倉さんは肩をすくめた。
「まぁまぁ。私も藤森さんによる二年前の一斉解雇の巻き添えになったことは水に流しますから」
「まさか佐倉さんまで井坂くんと一緒で、自分が解雇されたのは私のせいだなんて言うんですか?」
私は佐倉さんが呪術庁を解雇されていたことに驚きつつ、だからここで働いているのかと納得もしていた。
「まあ元々、この会社の手伝いは呪術庁にいた頃からしていましたけど。呪術庁は副業が可能ですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。お小遣い稼ぎです」
その言葉の響きのあまりのドライさに、思わず佐倉さんに向ける言葉に棘が混じる。
「理想とか、減衰罹患者を救いたいとか、そういう気持ちとかはないんですか?」
「呪術庁時代から減衰罹患者がいいカモになるのは分かってましたから。あくまでビジネスのためです」
湧き出てきた強い感情に、目の前がカっと赤くなる。
私は怒りのあまり、思わず声を荒げた。
「あなたみたいな立場の人には分からないかもしれないですけど、減衰罹患者はみんな、呪力が消える恐怖や周りの目に怯えながら、必死に生きてるんです!」
私は胸の前でぎゅっと握りこぶしをつくる。
「それを好き勝手に利用して、この卑怯もの!」
私が佐倉さんをそういって睨みつけると、佐倉さんは微笑んだ。まるで聖女みたいに。
「ふふ、良かった」
「……え?」
「あなたはまだ自分の為に怒れたんですね」
佐倉さんは手に持っていた缶コーヒーを机の上におく。
「藤森さんの為に強くなりたい。井坂さんから聞きましたが、立派な動機だとは思いつつも、危うくも感じていました」
佐倉さんは組んでいた足を揃えて、私の瞳をじっと見つめる。
「誰かの為に何かをしたいと思うのは立派です。でも、もし藤森さんがあなたのその気持ちを否定したら? あなたは藤森さんの為ではなく、あくまで自分の望みの為に生きることができますか?」
「…………」
「藤森さんに否定されても、藤森さんの為に強くなりたいと思えるぐらいに、あなたが自分の意志で立ち上がれるようになることがあれば。私は村谷さんの力になりましょう……例え藤森さんを敵に回しても」
「この会社を立ち上げたのは、あなたのような人間を本当の意味で救いたいと思ったことがきっかけなのですから」と言って、佐倉さんは目を伏せた。
私は佐倉さんの豹変に戸惑い、痛いところを刺されたような気持ちになりつつも、気づけば彼女の言葉に頷いていた。
すると、佐倉さんは気恥ずかしそうに頬を赤らめたあと、表情を切り替え、いたずらが成功した子供のような顔になる。
「ふふ。やっぱり村谷さんはちょろいです」
「はぁ!?」
「散々酷い目にあわせてきた人間にちょっと泣き落としをされたら、ころっと流されちゃって。そんなのじゃ駄目ですよ、藤森さんの相手をしようと思っ……た、ら……!?」
佐倉さんは言葉の途中からみるみるうちに表情を青くしていき、ガタガタと震え出す。
心配になって佐倉さんに手を伸ばそうとすると、その手を誰かにそっと上から重ねられ、ぎゅっと握りこまれる。
「全く。夏鈴様は本当に、目を離してはいけないお方ですね」
そこにいたのは、ここにはいないはずの千隼だった。

