第二採用課の一斉検挙騒動から、一か月がたった。
決して小さくない部署の取り押さえに、呪術庁はそれなりの混乱に陥っていた。
私も信頼していた佐倉さんからの裏切りに意気消沈してしまい、呪術師としての任務に出向く気にもならず、軽作業バイトのシフトをたくさん入れて気を紛らわせる日々だった。
そのお陰で呪術師として仕事をしていた時よりも口座は潤いそうで、本当に私は安く使われていたんだなと余計落ち込んだ。
千隼とはあれ以来会っていないが、今回の事で呪術師としてのランクが飛び級でAランクにあがり、第一採用課の仕事の補佐も定期的に担当するようになるというのは噂で聞いた。
千隼は本来ならSランクも目指せるレベルの呪力の持ち主だ。妥当な采配だと思うし、彼に呪術を教えていた身としては千隼の努力が報われて嬉しい。
でも、これから忙しくなり、以前と立場が大きく変わる千隼とはきっと会う頻度も格段に下がるのだろうと思うと、少し、いやかなりさみしく感じていた。
これで良かった。これで良かった筈なんだけど。
そんなことを考えつついつもは買わないコンビニのカフェオレを片手に自室に戻る道で、急に腕を掴まれた。
「夏鈴様!」
「……千隼?」
「あなたに知らせたいことがあったんです」
どこか興奮気味な千隼に首をかしげつつ、私は視線で言葉の続きを促す。
それが私を地獄へと突き落とすものとも知らずに。
「夏鈴様、ぜひ僕と一緒に第一採用課の仕事に携わってもらえませんか?」
私は言われた意味が分からないまま、ポカンとしてしまった。
……私が、あの一部のエリートしか関わらないと言われている、第一採用課の仕事を?
その時、胸に湧いたのは、嬉しさでも希望でもなんでもなく……減衰罹患者である私にそんな大役がこなせる訳はないという、劣等感だった。
……そして私は、千隼の信頼に溢れる打診からも、佐倉さんのことで湧いた呪術庁に感じる居場所のなさからも逃げるように、実家へと帰った。
思えば、私が佐倉さんの不当に安い賃金の任務を受けてしまっていたのも、自分自身を安く見積もる心の癖がついてしまっていた影響もあったのかもしれない。
だからこそ、「僕をずっと支えてくれた有能な呪術師」として第一採用課に千隼が私を紹介してくれたことが、大きな負担になってしまった。
そのことに気づいた時、私は自分自身を呪術庁の呪術師として失格だと思った。自分自身の実力も信じられない呪術師に、誰かを守ることなんて不可能だから。
だから、私は実家に逃げた。
例えそこで「毒を孕んだ花で綺麗なものがあるから、摘んできた上で毒消しをしてこい」などと命令されるような、酷い扱いを受け続けるのだとしても。
それでも、立派になった千隼からさも私が天才呪術師のように扱われ、それに伴う責任のある仕事を任されるよりも、私にとって楽な道に思えてしまった。
それなのに。なぜ今、私は千隼と共に自動車に乗り、千隼の家に花嫁として連行される羽目になっているのだろう?
「私は千隼との結婚の話を受け入れるとはひと言も言っていないんだけど」
私は毒花を摘もうとしていたところを千隼に止められたあと、あれよあれよという間に千隼に連れられ、実家に一旦戻る間もなく、千隼と共に行くことを強要された。
正直、減衰を止められるという言葉が気になったのもあり、成長した千隼がどうなっているのか気になったのもあり、本気で抵抗しなかったというのはあるのだが。
「それでも、こうしてついてきてくれたということは、僕の話に少しは興味をもってくださったのでしょう?」
相変わらず、妙なところで千隼は鋭い。
「そうだとしても、私がどうするかを決めるのは、千隼の話を詳しく聞いてからにする。私の未来は私が決めるから」
「例え僕の申し出を拒否するということは、あなたの減衰が治る手立ても失われるという意味でも、ですか?」
そういう千隼は昔の彼に比べて、私に対しても毒気を孕んだ発言をするようになったなと思う。
私が呪術庁を出ていったのは約4年前。それだけ年月がたてば、千隼自身が多少変わったとしてもおかしくないのかもしれない。
「あなたが僕の気持ちをどう思っているかは分かりませんが、僕はあなたに少なからず怒りを感じているんですよ」
「え?」
「夏鈴様、あなたは自分自身から逃げ、ご自身の未来を閉ざす道を選ばれた。正直、僕はあなたに失望すら覚えました」
「……っ!?」
私は頭では「千隼に嫌われていても仕方ないのかもしれない」と思っていたが、それを本人から突きつけられたことに深く傷つけられた心地になった。
千隼を最初に裏切ったのは私だから、そんなことを感じる資格なんて私にはないのに。
千隼は思わずうつむいてしまった私の頬に手を添え、優しく撫でた。
「でもね、その時に思ったんです。夏鈴様が自身を諦められるなら、僕が夏鈴様の分も夏鈴様を信じ続ければいい。夏鈴様が僕を救ってくれたように、僕が今度は夏鈴様を救います」
「…………」
私はそんな千隼の言葉にどう返していいのか分からないまま、口を閉ざす。
そのあとは取り立てて私と千隼の間に会話も生まれないまま、送迎の車は千隼の家へと向かった。
決して小さくない部署の取り押さえに、呪術庁はそれなりの混乱に陥っていた。
私も信頼していた佐倉さんからの裏切りに意気消沈してしまい、呪術師としての任務に出向く気にもならず、軽作業バイトのシフトをたくさん入れて気を紛らわせる日々だった。
そのお陰で呪術師として仕事をしていた時よりも口座は潤いそうで、本当に私は安く使われていたんだなと余計落ち込んだ。
千隼とはあれ以来会っていないが、今回の事で呪術師としてのランクが飛び級でAランクにあがり、第一採用課の仕事の補佐も定期的に担当するようになるというのは噂で聞いた。
千隼は本来ならSランクも目指せるレベルの呪力の持ち主だ。妥当な采配だと思うし、彼に呪術を教えていた身としては千隼の努力が報われて嬉しい。
でも、これから忙しくなり、以前と立場が大きく変わる千隼とはきっと会う頻度も格段に下がるのだろうと思うと、少し、いやかなりさみしく感じていた。
これで良かった。これで良かった筈なんだけど。
そんなことを考えつついつもは買わないコンビニのカフェオレを片手に自室に戻る道で、急に腕を掴まれた。
「夏鈴様!」
「……千隼?」
「あなたに知らせたいことがあったんです」
どこか興奮気味な千隼に首をかしげつつ、私は視線で言葉の続きを促す。
それが私を地獄へと突き落とすものとも知らずに。
「夏鈴様、ぜひ僕と一緒に第一採用課の仕事に携わってもらえませんか?」
私は言われた意味が分からないまま、ポカンとしてしまった。
……私が、あの一部のエリートしか関わらないと言われている、第一採用課の仕事を?
その時、胸に湧いたのは、嬉しさでも希望でもなんでもなく……減衰罹患者である私にそんな大役がこなせる訳はないという、劣等感だった。
……そして私は、千隼の信頼に溢れる打診からも、佐倉さんのことで湧いた呪術庁に感じる居場所のなさからも逃げるように、実家へと帰った。
思えば、私が佐倉さんの不当に安い賃金の任務を受けてしまっていたのも、自分自身を安く見積もる心の癖がついてしまっていた影響もあったのかもしれない。
だからこそ、「僕をずっと支えてくれた有能な呪術師」として第一採用課に千隼が私を紹介してくれたことが、大きな負担になってしまった。
そのことに気づいた時、私は自分自身を呪術庁の呪術師として失格だと思った。自分自身の実力も信じられない呪術師に、誰かを守ることなんて不可能だから。
だから、私は実家に逃げた。
例えそこで「毒を孕んだ花で綺麗なものがあるから、摘んできた上で毒消しをしてこい」などと命令されるような、酷い扱いを受け続けるのだとしても。
それでも、立派になった千隼からさも私が天才呪術師のように扱われ、それに伴う責任のある仕事を任されるよりも、私にとって楽な道に思えてしまった。
それなのに。なぜ今、私は千隼と共に自動車に乗り、千隼の家に花嫁として連行される羽目になっているのだろう?
「私は千隼との結婚の話を受け入れるとはひと言も言っていないんだけど」
私は毒花を摘もうとしていたところを千隼に止められたあと、あれよあれよという間に千隼に連れられ、実家に一旦戻る間もなく、千隼と共に行くことを強要された。
正直、減衰を止められるという言葉が気になったのもあり、成長した千隼がどうなっているのか気になったのもあり、本気で抵抗しなかったというのはあるのだが。
「それでも、こうしてついてきてくれたということは、僕の話に少しは興味をもってくださったのでしょう?」
相変わらず、妙なところで千隼は鋭い。
「そうだとしても、私がどうするかを決めるのは、千隼の話を詳しく聞いてからにする。私の未来は私が決めるから」
「例え僕の申し出を拒否するということは、あなたの減衰が治る手立ても失われるという意味でも、ですか?」
そういう千隼は昔の彼に比べて、私に対しても毒気を孕んだ発言をするようになったなと思う。
私が呪術庁を出ていったのは約4年前。それだけ年月がたてば、千隼自身が多少変わったとしてもおかしくないのかもしれない。
「あなたが僕の気持ちをどう思っているかは分かりませんが、僕はあなたに少なからず怒りを感じているんですよ」
「え?」
「夏鈴様、あなたは自分自身から逃げ、ご自身の未来を閉ざす道を選ばれた。正直、僕はあなたに失望すら覚えました」
「……っ!?」
私は頭では「千隼に嫌われていても仕方ないのかもしれない」と思っていたが、それを本人から突きつけられたことに深く傷つけられた心地になった。
千隼を最初に裏切ったのは私だから、そんなことを感じる資格なんて私にはないのに。
千隼は思わずうつむいてしまった私の頬に手を添え、優しく撫でた。
「でもね、その時に思ったんです。夏鈴様が自身を諦められるなら、僕が夏鈴様の分も夏鈴様を信じ続ければいい。夏鈴様が僕を救ってくれたように、僕が今度は夏鈴様を救います」
「…………」
私はそんな千隼の言葉にどう返していいのか分からないまま、口を閉ざす。
そのあとは取り立てて私と千隼の間に会話も生まれないまま、送迎の車は千隼の家へと向かった。

