不治の病をもつ呪術師の私は、過去に救った狂犬に運命を絡めとられる

「……夏鈴様っ! この呪術の使い方が分かりません!」
「千隼、様づけで呼んでくるのは目立つからやめてほしいってあれだけ言ってたのを忘れたの?」

 私はちくちくと裁縫をしていた手を止めて、健気に駆け寄ってくる藤森千隼という男の方を向き直った。
 任務の前に呪術師の皆が逗留している呪術庁の待機室にて、誰も話しかけてくるなオーラを波縫いと共に漂わせている私に対して、こうも果敢に挑んでくるのは千隼ぐらいである。

「今日もちょっと呪術が上手いだけの減衰罹患者とちょっと呪力が強いだけのポンコツ無能男の落ちこぼれコンビは仲が良さそうだなぁ」

 そういって嫌味ったらしくニヤニヤと笑う金髪のAランク呪術師である井坂綱志くんを無視して、千隼はにっこりと私に向かって笑いかけてきた。

「では、夏鈴先生と呼ぶのはいかがでしょうか?」
「悪目立ちするという意味では何も変わらないでしょ。千隼はそんなにDランク呪術師の落ちこぼれでしかない私を敬いたいの?」

 千隼は呪術の扱い方が下手でも、あまりにも膨大な呪力に関しては認められている、私よりも高ランクなCランク呪術師なのに、本人にその自覚はないのだろうか。
 まぁCランク呪術師もDランク呪術師も、呪術庁の中ではまとめて落ちこぼれ扱いだけど。
 そういう意味では井坂くんの言っていることは正しい。井坂くん自身は大変いけすかないやつなため、同期の出世株ながらに玉の輿狙いの女性以外からは避けられているようだが。

「夏鈴様は減衰の影響で不当な評価をされているだけで、この呪術庁きっての天才でしょう。本来なら、Sランク呪術師になる道も夢でないはず」
「それは過大評価しすぎだよ。私なんて、せいぜいなれてもAランク呪術師ぐらいだと思う」
「それでもAランクになれる自信があるとはすばらしいな……ぐはっ!」

 横から茶々を入れるように私と千隼の会話に割り込んできた井坂くんを、千隼が睨みつけると、井坂くんは衝撃波を浴びたように崩れ落ちる。
 千隼が呪力を視線にのせて、井坂くんにぶつけたのだろう。千隼は非常に呪力が強いので、呪術を使わなくても少し力を込めるだけで、こうして簡単に人を傷つけることが出来てしまうのだ。
 ……そして、こうした無詠唱でも使える呪力のぶつけ方を千隼に教えたのは他でもない私だった。本来なら護身術に使ってほしくて教えたのに、私に悪口を言ってくる人間を撃退するために使うなんて。
 そんなことのために呪術を使っていては、きりがない。この呪術庁で私のような減衰罹患者を悪く言う人間なんて、たくさんいるのだから。
 
「千隼、やめなさい! ……井坂くん、大丈夫?」

 倒れ込んだ井坂くんに手を差し伸べると、彼は私の手を振り払う。

「村谷、お前がこいつにこんな術を教えたのか。相変わらず、小器用な呪術だけはお得意のようだな……自分で飼ってる狂犬の首輪はちゃんと締めておくんだな、お前自身が噛まれたくなけれければ」

 そういって周りの注目を浴びる中、待機室から立ち去ろうとする井坂くんの後ろ姿に千隼はのんびりとした口調で言い放った。

「井坂さんは相変わらず、一々言い回しが中二病ですね」
「藤森ぃ~~!?」
「千隼やめて、胃痛が止まらくなりそうだから」

 本気で苛立った様子で振り向く井坂くんに、私は今回はさすがに千隼が悪いと冷や汗が止まらなくなる。

「ごめん井坂くん、今度お詫びする! ……ほら千隼、行くよ、もうっ!」
「村谷からの詫びなんていらないから、狂犬に土下座させろ!」
「夏鈴様のご命令でも、夏鈴様に舐めた口を叩かれるあなたにそんな真似できるはずないでしょう。あぁ、井坂さんが今までの非礼を詫びて、夏鈴様の靴を舐められた後なら、井坂さんに跪くこともやぶさかではありませんが」
「千隼、本当にこれ以上井坂くんに喧嘩を売らないで!?」

 私は好戦的な笑みを浮かべる千隼の腕をつかみ、彼を引きずるようにしてすっかり注目の的になってしまった待機室から退散しようとする。

「あの二人、また井坂さんと問題起こしてる」
「てか、あれで藤森の方が村谷さんより年上って信じられないよなぁ」

 待機室にいた呪術師たちの私たちへ向けたひそひそ声が聞こえてきた。
 千隼が年上なことは私もたまに信じられなくなる。普通に弟扱いしていても千隼は怒らないし。

「そもそも自分より下のランクの村谷さんにあんなに頼ってて、藤森ってプライドないのかな」

 周囲からの声に心の中で完全に同意をしながら、私に手を引かれて、いつのまにかニコニコな笑顔になっていた千隼と共に待機室から退散した。



「それで? 今度は何の呪術が分からなかったの?」
「夏鈴様、ありがとうございます!」

 私は千隼と呪術庁の木製でできた廊下を歩きながら、やれやれと思いつつ千隼へ問いかける。
 千隼は強大な力の制御が苦手なだけでのみ込みは遅くないタイプなので、何だかんだ私も教えがいがある。
 千隼曰く、千隼に目をかける人間はこれまでもいたが、私ほど教え方が上手い上に、彼に対して親身になった人間はいなかったらしい。正直半信半疑だったが。
 別に私じゃなくても、いやむしろ私よりも上手く、千隼を導ける人間なんていそうなのに。

「ここの水の呪術の力の込め方が火の呪術とまた勝手が違って、難しくて」
「そこで躓く人は初めて見た」
「すみません。僕の理解が足りなくて」
「別に責めてない。ただ、千隼はやっぱり他の人とは呪術の捉え方が違うなって」

 ふと、これまで教えてきて千隼は他の人と呪術の理解の仕方が根本的に違っていたということに気づく。
 強大な力を持つ千隼をどうにか開花させようとしてきた人が苦戦したのは、こういう部分なのかもしれないと思った。

「やっぱり夏鈴様は教え方が上手い。あなたのお力を借りると、僕も呪術師として息がしやすくなります」
「千隼は一々大げさなんだから」

 私が千隼の頭にチョップすると、千隼は「ははっ」と嬉しそうに笑った。
 自分よりも年上でランクも高い呪術師である千隼に対して、あまりにも私の対応は雑すぎるし、そのことで陰口を言われたことがある。
 しかし、当の千隼は気にしていなさそうどころかそれを歓迎していそうだし、こっちの方が楽だしいいかと私は千隼に対して失礼ともとれる態度を取り続けてきた。

 と、廊下だというのに少々賑やかに話していた私と千隼の前に、清楚なオフィスカジュアルに身を包んだ女性が現れた。

「村谷さんと藤森さんじゃないですか。お二人とも、この前の任務はいかがでしたか?」
「また無茶な任務で大変でしたよ、佐倉さん」

 私はじとりとした目で私と千隼に任務を渡してきたその女性、佐倉沙紀さんを睨んだ。
 佐倉さんは困ったような顔をしつつ、私たちから目線を逸らさない。
 佐倉さんは呪術庁の非戦闘要員だが、(私と千隼も含めた)問題児な部類に入る呪術師たちに任務を斡旋してくれている、一部では聖女とすら呼ばれている、意志の強い人だった。
 呪術師の管理とその他付随業務を行っている第二採用課に属しているため、人脈も強く、回してくれる任務の内容も多種多様にわたる。
 しかしその任務はだいたい無茶振りが多いので、私はあまり佐倉さんに素直になれないでいた。呪術庁の中で一番信頼はしている人ではあるんだけど。

「ごめんなさいね、いつもお二人には苦労をかけて」
「私こそ仕事をくれている佐倉さんに対してこんな対応をしてしまい、申し訳ないです」
「ふふ、私は気にしていませんよ」
「…………」

 佐倉さんに素直に謝る私を尻目に、千隼は佐倉さんを無言で見つめていた。
 そこに込められた感情は全く伺い知れず、私は違和感をもつ。

「今度は隣県で怨霊がとあるマンションに取りついている任務があり、それをお願いしたいのですが」
「うわ、地縛霊系となるとまためんどくさそうな」
「お二人ならきっとさくさく解決出来ますよ」
「そんなまた、調子のいいことを」

 困った顔になってしまいつつ、佐倉さんからの任務をずるずると受け入れようとしていると、千隼は私の肩を唐突に引き寄せた。

「佐倉さん、あなたには僕もお世話になっていますが、あなたが夏鈴様を都合よく利用することは許しません」
「私は別にそんなつもりでは」
「これまであなたに僕たちは尽くしてきましたが、今回の任務は受けられません。他の方を頼ってください」
「ちょっと、千隼!?」

 私は千隼の突然の言葉に動揺しつつも、あわてて佐倉さんに向き直る。

「ごめんなさい、任務の話はまたあとで詳しく話しましょう!」

 しかし、佐倉さんはどこか冷たい目で、事務的なまでの淡々とした様子で私を見つめていた。

「いえ。藤森さんが参加されないおつもりなら、私はそれ以上はお願いするつもりはありません」
「……え?」

 それって、千隼抜きでは私に依頼する価値なんてないと思っているということ?
 いや違う。佐倉さんは私が千隼と出会う前から任務を与えてくれていた。

 ……でも、その頃の私は、まだ減衰が今ほど進んでいなかった。
 そのことに気づいた時、私の足場がガラガラと音を立てて崩れてく心地に襲われた。

「夏鈴様、いきましょう」
「う、うん」

 どう考えても私の考えすぎなのに、私は「「千隼がいなければ私は任務すら頼まれないのでは」という思考に取りつかれ、それを振り払えないでいた。
 私の患っている減衰というのは、それだけ呪術師としてあまりにも致命的な疾患だった。

「明らかに不当に負荷の強い任務を安い賃金で夏鈴様に振ってばかり……あの女、泳がせていましたが、そろそろ潮時かもしれませんね」

 自分のことでいっぱいいっぱいだった私は、千隼がその時何を考えていたのかなんてことに想像が至らなかった。