「つい早めについちゃった」
私は待ち合わせ場所の金の鐘と呼ばれるスポットで、白い帽子が風に飛ばされないように左手で抑えながら、二人を待っていた。
「よ、むーらや」
「そのキザったらしい呼び方、やめてくれない? わざとらしいよ、井坂くん」
「彼」よりも一足早く来てくれたらしい井坂くんをちらりと見て、私は腕を組んだ。
「なんだよ、上司に対する態度がなってないな。呪術庁を離れる以上、お前はもう単なる減衰というハンデを背負ったフリーランス呪術師でしかないんだぞ」
「上司って。私は井坂くんへの依頼を手伝う立場なんだから、もっと対等だと思うんだけど?」
あのあと、私は千隼からの圧力に負けて佐倉さんの会社で業務委託することは一旦は諦めた。
今後なにかいい依頼があったり、機会があったら手伝いたいと佐倉さんには伝えているし、佐倉さんも千隼と敵対してでも私に手を貸してくれるというのは本音みたいだけど。
あれだけ痛い目にあわされた佐倉さんとまた関わることに反対する千隼についつい根負けしてしまったというオチである。
そういった風に、千隼の力を借りずに呪術師として強くなりたいのに万策尽きていた、詰み気味の私に力を貸してくれたのが、大変複雑なことに井坂くんだった。
「百歩譲って上司じゃなくても、先輩ではあるだろ。これからどんどん仕事の手伝いをしてもらうし、俺は遠慮も容赦もないからな」
「くっ、微妙に反論しきれない」
井坂くんは腐っても元Aランク呪術師で、彼の元には今、どんどん依頼が舞い込んでいるのだという。
そこで、これまで行っていた仕事や新しく引き受ける仕事に助っ人が欲しくなっていたところを私に声をかけたらしい。
なおも反対しようとしていた千隼を抑え込み、私はその話に飛びついた。
千隼としても佐倉さんよりはまだ井坂くんの方が信頼できたのらしく、「止めようとするなら、千隼の家を出て一人暮らしするから」という脅しもきいたのか、無事井坂くんと私は呪術師としてバディを組むことになったのである。
なお、千隼は「どうしてこうなったんだ」と最後まで頭を抱えていた。
「こんな男の詭弁に丸め込まれているようでは、あなたを呪術庁の外で働かせるのはますます心配になってしまいますね」
「千隼!」
そこには銀色の眼鏡に、グレーのトレンチコートを羽織った千隼がいて。そのいつもとはまた違うフォーマルな服装に、私は思わず頬を赤らめてしまう。
千隼への恋心を自覚したとたん、千隼が一々かっこよくみえて仕方ない。
いやいやでも、千隼は間違いなく容姿も整っていて、表情のつくり方も艶っぽくて、鋭利な雰囲気もドキドキする。どこをどう見てもかっこいいんだから、私がときめいてしまうのも仕方ない。
千隼は井坂くんには一瞥もくれずに私の方を見ると、私の腕をさっと自分の腕に絡めさせ、歩き出す。
「夏鈴様、僕が予約したレストランは夏鈴様のお好きなオレンジのシャーベットが美味しいらしいので、ぜひ注文されてくださいね」
千隼の「恋人」らしい仕草に私は照れつつも、「今回の話の主役である井坂くんを放置してるってば!」と千隼の腕を叩いた。
そう。今回、私は井坂くんと依頼料の山分けの仕方についてどうするかを決めるために会うことになり、千隼は「井坂綱志が夏鈴様を騙さないか」と警戒して無理やり同席している立場だった。
決して今日は千隼と私のデートの為に集まったわけではない。
……千隼と「恋人」になってからも中々二人で出かけられず、私は今回のおでかけを不純な意味でも楽しみにしていたのだとしても。
ちなみに、当然ながら婚姻届にはまだサインはしていない。ただ、「減衰を治せる可能性が少しでもあるなら」と輸血同意書にサインをするかは、千隼の提案を受け入れる方向で迷いはじめていた。
呪術師として千隼の隣に並び立ちたいなら、やれることは全てやるべきだと思うし。
「夏鈴様」
「なに?」
「今週の土曜日ですが、よろしければ二人で水族館にでも行きましょうか。思えば、夏鈴様とはあまりそれらしい遊び場には行ったことがありませんでしたね」
「井坂さんも交えたこれが夏鈴様との初デートのようになるのは流石に論外ですから」と呟く千隼に、私は腕を自分から絡めた。
「うれしい! 水族館なんて久しぶりだな」
「夏鈴に喜んでもらえて、僕も嬉しいです」
「私も千隼と遊びに行けるの嬉しいな~……って、あれ?」
今、私のことを「夏鈴」って呼んだ? と動揺する私の思考は、井坂くんの「藤森ぃ~!? 俺を置いていくなぁ!」という叫び声にかき消された。
必死に井坂くんのフォローにまわる私を、千隼はのんびりとみつめている。
「「神」であるはずのあなたをこんなにも可愛らしく思ってしまうだなんて、僕も本当に罪深いですね」
「千隼、なにか言った?」
「井坂さんみたいな人間にも優しい夏鈴様は今日も本当に神々しいなと言いました」
私は千隼のぶれなさにため息をつきつつも、私が目指す私になって、千隼を振り向かせるまでの道のりはまだまだ遠いなとため息をついた。
私は待ち合わせ場所の金の鐘と呼ばれるスポットで、白い帽子が風に飛ばされないように左手で抑えながら、二人を待っていた。
「よ、むーらや」
「そのキザったらしい呼び方、やめてくれない? わざとらしいよ、井坂くん」
「彼」よりも一足早く来てくれたらしい井坂くんをちらりと見て、私は腕を組んだ。
「なんだよ、上司に対する態度がなってないな。呪術庁を離れる以上、お前はもう単なる減衰というハンデを背負ったフリーランス呪術師でしかないんだぞ」
「上司って。私は井坂くんへの依頼を手伝う立場なんだから、もっと対等だと思うんだけど?」
あのあと、私は千隼からの圧力に負けて佐倉さんの会社で業務委託することは一旦は諦めた。
今後なにかいい依頼があったり、機会があったら手伝いたいと佐倉さんには伝えているし、佐倉さんも千隼と敵対してでも私に手を貸してくれるというのは本音みたいだけど。
あれだけ痛い目にあわされた佐倉さんとまた関わることに反対する千隼についつい根負けしてしまったというオチである。
そういった風に、千隼の力を借りずに呪術師として強くなりたいのに万策尽きていた、詰み気味の私に力を貸してくれたのが、大変複雑なことに井坂くんだった。
「百歩譲って上司じゃなくても、先輩ではあるだろ。これからどんどん仕事の手伝いをしてもらうし、俺は遠慮も容赦もないからな」
「くっ、微妙に反論しきれない」
井坂くんは腐っても元Aランク呪術師で、彼の元には今、どんどん依頼が舞い込んでいるのだという。
そこで、これまで行っていた仕事や新しく引き受ける仕事に助っ人が欲しくなっていたところを私に声をかけたらしい。
なおも反対しようとしていた千隼を抑え込み、私はその話に飛びついた。
千隼としても佐倉さんよりはまだ井坂くんの方が信頼できたのらしく、「止めようとするなら、千隼の家を出て一人暮らしするから」という脅しもきいたのか、無事井坂くんと私は呪術師としてバディを組むことになったのである。
なお、千隼は「どうしてこうなったんだ」と最後まで頭を抱えていた。
「こんな男の詭弁に丸め込まれているようでは、あなたを呪術庁の外で働かせるのはますます心配になってしまいますね」
「千隼!」
そこには銀色の眼鏡に、グレーのトレンチコートを羽織った千隼がいて。そのいつもとはまた違うフォーマルな服装に、私は思わず頬を赤らめてしまう。
千隼への恋心を自覚したとたん、千隼が一々かっこよくみえて仕方ない。
いやいやでも、千隼は間違いなく容姿も整っていて、表情のつくり方も艶っぽくて、鋭利な雰囲気もドキドキする。どこをどう見てもかっこいいんだから、私がときめいてしまうのも仕方ない。
千隼は井坂くんには一瞥もくれずに私の方を見ると、私の腕をさっと自分の腕に絡めさせ、歩き出す。
「夏鈴様、僕が予約したレストランは夏鈴様のお好きなオレンジのシャーベットが美味しいらしいので、ぜひ注文されてくださいね」
千隼の「恋人」らしい仕草に私は照れつつも、「今回の話の主役である井坂くんを放置してるってば!」と千隼の腕を叩いた。
そう。今回、私は井坂くんと依頼料の山分けの仕方についてどうするかを決めるために会うことになり、千隼は「井坂綱志が夏鈴様を騙さないか」と警戒して無理やり同席している立場だった。
決して今日は千隼と私のデートの為に集まったわけではない。
……千隼と「恋人」になってからも中々二人で出かけられず、私は今回のおでかけを不純な意味でも楽しみにしていたのだとしても。
ちなみに、当然ながら婚姻届にはまだサインはしていない。ただ、「減衰を治せる可能性が少しでもあるなら」と輸血同意書にサインをするかは、千隼の提案を受け入れる方向で迷いはじめていた。
呪術師として千隼の隣に並び立ちたいなら、やれることは全てやるべきだと思うし。
「夏鈴様」
「なに?」
「今週の土曜日ですが、よろしければ二人で水族館にでも行きましょうか。思えば、夏鈴様とはあまりそれらしい遊び場には行ったことがありませんでしたね」
「井坂さんも交えたこれが夏鈴様との初デートのようになるのは流石に論外ですから」と呟く千隼に、私は腕を自分から絡めた。
「うれしい! 水族館なんて久しぶりだな」
「夏鈴に喜んでもらえて、僕も嬉しいです」
「私も千隼と遊びに行けるの嬉しいな~……って、あれ?」
今、私のことを「夏鈴」って呼んだ? と動揺する私の思考は、井坂くんの「藤森ぃ~!? 俺を置いていくなぁ!」という叫び声にかき消された。
必死に井坂くんのフォローにまわる私を、千隼はのんびりとみつめている。
「「神」であるはずのあなたをこんなにも可愛らしく思ってしまうだなんて、僕も本当に罪深いですね」
「千隼、なにか言った?」
「井坂さんみたいな人間にも優しい夏鈴様は今日も本当に神々しいなと言いました」
私は千隼のぶれなさにため息をつきつつも、私が目指す私になって、千隼を振り向かせるまでの道のりはまだまだ遠いなとため息をついた。

