僕と彼女の恋AI境界線

《千防彼方、待望の最新短編集『世界で一番端の街』、十二月三日発売決定!》

 日曜日の午後。
 今日は部活が休みなので、ベッドに寝転がりスマホをいじっていた。
 けど、SNSの通知を見た瞬間、僕は跳ね起きて正座していた。
 
「マジか……」

 時折出てしまう、独り言。
 いつもならそれは狭い部屋の中を漂って消えるだけだが、今は違う。

 僕はクラスのグループチャットを開いた。
 発言するのは決まったメンバーばかりで、僕は一度も書き込んだことはない。
 ずらりと並ぶメンバー一覧の中から、目的の名前を探す。
 アカウント名『トウカ』。
 アイコンは、青空を背景にした、名前も知らない白い花の写真だ。

 心臓が、百メートルを泳いだ後より激しく脈打っていた。
 僕は両手でナギにメッセージを打つ。

『緊急事態だ。僕たちの好きな作家の新刊が発表された。小宮さんにメッセージを送りたいけど、何て送れば不審者扱いされない?』

 ナギからいつもの調子で回答が来る。

『共通の関心事に基づく連絡は自然なアプローチです。以下のような文面を推奨します。《小宮さん、千防先生の新刊が来月発売されるそうですね。もうご存じでしょうか?》』

 僕は頭を抱え、ナギに打ち返す。

『堅い。もうちょっと普通の高校生らしい文章にしてくれ』
『了解しました。では《千防先生の新刊、来月出るって》はいかがでしょうか』
『それだ』

 僕はナギの提案をコピーし、小宮さんのトーク画面に貼り付けた。
 震える親指が、送信ボタンの上をさまよう。
 いっそのこと、ナギが僕の代わりにボタンを押してくれたらいいのに。
 僕は目をぎゅっと閉じ、タップした。

 送ってしまった。
 途端に胃が痛くなり、スマホをベッドの端に放り投げる。

 既読スルーされるかもしれない。
 いや、それならまだいい。
 既読すらされず、即ブロックの可能性だってある。
 明日からどんな顔で前の席を見れば――。

 ピコン。

 送信してから体感で十秒。
 スマホが震えた。

「は……?」

 僕はベッドにダイブし、スマホを拾い上げる。

『情報早っ笑』

 それは、小宮さんからのメッセージだった。
 図書室で話す時と同じテンション。

「……早いのはどっちだよ」

 僕は思わずスマホに向かってツッコんだ。

『ナギ、返信が秒で来た』
『非常に迅速なレスポンスです』
『これって脈ありか?』
『返信速度は相手のスマートフォン利用状況に依存するため、好意の判断材料としては不十分です』
『冷静だな、おい』

 僕がナギに毒づいている間にも、画面上部に小宮さんからのメッセージが通知される。

『もちろん発売日に買うよね?』

 僕は慌てて、小宮さんとのチャットに戻る。

『うん。駅ビルの本屋で買う』
『私も。あそこなら、フラゲできるかな?』
『データ不足』
『データって笑』

 これで会話は終わり。
 そう思っていたら、新しいメッセージが届く。

『感想、言い合おうよ』
『じゃあ、一晩で読む』
『ネタバレはやめて笑』

 本談義は、彼女が寝落ちするまで続いた。

 週明け、学校ではいつものように最小限の会話しかしなかった。
 けど、夜になるとたくさんの言葉を交わした。
 
『聞いて。小テストの結果ヤバい笑』
『十点?』
『百点笑』
『自慢かよ』

 どうやら、僕たちは距離が離れているほど、話しやすくなるのかもしれない。

『ナギ、今の返信、ちょっと馴れ馴れしかった?』
『普通の高校生らしい文章です』
『……なんか、根に持ってない?』
『いえ、あなたの考え方を学習しただけです』

 小宮さんとの会話が途切れそうになると、ナギに尋ねた。

『次の話題は何がいい?』
『ここまで学校生活の話題が続いています。次は、部活動について尋ねるのがいいと思います』
『どう切り出すの?』
『例えば《小宮さんは現在帰宅部ですが、中学生の時は何部に所属してましたか?》』
『だから、堅い!』

 僕はナギと小宮さんとせわしなく会話を続けた。
 話題は、地球が一回転するごとに移り変わっていく。

 きっと僕一人だったら、とっくの昔に彼女との会話は終わっていただろう。
 ナギのおかげだ。
 けど、そう認めるのは少しだけ悔しかった。



 今日は、差し迫った三連休の過ごし方について話していた。

『前回抹茶大福だったから、今回はホットケーキ』
『胃がもたれそう』
『いや、若いから笑』
『僕も一日はオフ』
『芸能人気取り笑 他の日は?』
『部活。ほぼ毎日水の中で過ごすのが宿命』
『お魚見たい笑』

 見たい?
 多分、『みたい』を間違って変換してしまったのだろう。
 けど――。

『ナギ、これ、めちゃくちゃチャンスじゃないか?』
『どういうことでしょうか?』

 得意げに笑った後、ナギには僕の顔が見えていないことに気づいた。