僕と彼女の恋AI境界線

 運命――そんな言葉を平気で口にする奴は、だいたい恋愛ドラマの見すぎで、頭のネジが二、三本緩んでいる。
 本気でそう思っていた。

 けど、高校二年生の秋。
 そんなバカげた言葉を、AIに尋ねることになってしまった。
 

 僕は、人付き合いが好きではない。
 だから、休み時間や休日につるむ友達はいない。
 決して苦手ではなく、あくまで好きではないだけ。

 部活も、個人種目のある水泳部を選んだ。

「佐伯(さえき)、リレーには出ないのか?」

 そう顧問の先生に言われたけど、僕はいつも首を横に振った。
 僕は水の中で他人の記録を背負うために、水泳をしているわけではない。
 身体を鍛え、黙々と自分のタイムを削り取っていく――それがとても心地よいのだ。

 だから、図書委員を選んだのも同じ理由。
 カウンターに座って、好きな本を読んでいるだけで時間が進んでいく。
 それは激しく僕の性に合っていた。
 そのはずだった。

 木曜日の放課後、誰もいない図書室のカウンターで本を読んでいると、静かにドアが開く。

「佐伯くん、早いね。今日からよろしくー」

 クラスメイトの小宮透花(こみやとうか)が品のいい笑みを浮かべ、カウンターに入ってくる。
 肩のラインで切りそろえられた髪を揺らしながら、隣の席に座った。

 明るくて、誰に対しても分け隔てなく親切で、担任の信頼も厚い優等生。
 人の輪に入らない僕と彼女が交わることは、偶然でしか起こらない。
 たまたま僕の前の席が小宮さんになったり、たまたま同じ図書委員に立候補したり。

「よろしく」

 僕はできるだけ愛想よく答え、再び本に目を落とした。

 今読んでいるのは、千防彼方(せんぼうかなた)の『サヨナラの手前』という青春小説だ。
 フィクションの世界の友情や恋愛というのは、そこそこ好きだった。
 どれだけわずらわしいことが起こっても、リアルには影響しないから。

 その時、隣で小宮さんが、鞄から何かを取り出した。
 視界の端で捉えたのは文庫本。
 そのタイトルは――『サヨナラの手前』

「えっ」

 僕は思わず声を発してしまった。
 すぐに口を押さえるが、その拍子に文庫本を落としてしまう。

「大丈夫?」

 そう言って、小宮さんが僕が落とした本を拾う。
 彼女は表紙を見て手を止めた。
 それから数秒間、沈黙が流れた後、彼女は二つの本を顔の前に並べる。

「かぶったね」

 小宮さんがふわりと微笑んだ。
 なぜだろう。
 教室でプリントを後ろに回す時より、ほんの少しだけ華やいで見えた。

「うん、偶然」
「そうだね、偶然」

 小宮さんが差し出した本を、僕は手に取る。

「好きなの?」
「えっ。何を?」

 僕が間の抜けた声を上げると、小宮さんがクスリと声に出して笑う。

「この流れ、この本の話しかないでしょ」
「ああ、そういうことか」

 僕は顔が熱くなっていくのを感じ、一度深呼吸をする。

「そうだね。二巡目だし」
「お、一緒」

 小宮さんは表紙を軽くなでながら続ける。

「ラスト、どう思った? ほら、よく告白『しろ派』と『しない派』で話題になるじゃん」
「僕は原作準拠。しない派」
「へえ。私は逆」

 この本は、雪が深い地方に住む、幼なじみ同士の恋愛を描いた小説。
 少女は東京の大学に進学し、少年は地方に残ることになる。
 少年はずっと少女を好きだったけど、旅立っていく彼女に余計な負担をかけたくないと思い悩む。
 結局、少年は告白せず、駅で笑って別れることを選択する。

「『一緒に行く?』――そうヒロインが冗談めかして言う所、好きなんだよね」
「ああ。それ、なんか分かる」
「あれ……私は冗談じゃないと思うんだよね。でも、主人公が冗談で返しちゃう」
「『悪いけど、切符、予約してないんだ』」

 僕は芝居がかった口調で言うと、小宮さんが手を口に当てながら笑った。

「ははっ、ちょっと似てる」
「何にだよ。実写化してないだろ」
「まあ、そうなんだけど」

 小宮さんはパイプ椅子にもたれ、図書室の天井を見上げる。

「それぐらいのノリでさ。本当の気持ち言ったらいいのにって思ったんだ」
「相手を困らせたくなかったんだよ」
「それって、主人公の決めつけじゃない?」
「決めつけ……」

 僕が答えに悩んでいると、図書室のドアが開き、一人の女子生徒が入ってくる。
 小宮さんとよく話しているクラスメイトだ。

「やほー、透花、真面目にやってる?」
「もち。自分、真面目なんで」
「自分で言うな」

 小宮さんは、すうっと僕から視線を友達に移した。
 僕は読書を再開したが、内容が一向に頭に入ってこない。
 入ってくるのは、小宮さんの高い澄んだ声ばかり。

 僕は一人、図書室の窓の外を見つめる。
 どうやら、頭のネジが一本くらい緩み始めているらしい。