恋人なら、一番がいい


 水曜日。
 塾が終わると、私たちはいつものように駅まで並んで歩いた。
 隣には悠真がいる。
 二人の間に流れる空気は、明るくもないけど、この前よりは重苦しくない。
 けれど、逃げてばかりじゃダメなんだ。

「あのさ、悠真」
「ん?」
「この前のことなんだけど……」

 言いかけて、私は一度足を止めた。
 悠真も立ち止まって、私の顔を見る。

「うん」
「まず、嫌味みたいなこと言ってごめんね。友達と遊ぶのが嫌だったわけじゃないんだ」
「うん」
「悠真が友達を大切にしてるのは、わかってる。私だって友達と遊ぶし、自分の時間も大切だと思ってるから」

 そこまで言って、私は小さく息を吸った。

「でも、寂しかったの」

 自分の声が、思っていたよりも小さく聞こえた。

「付き合ってるのに、なかなか会えないのが寂しくて。私ばっかり会いたいって思ってるような気がして……」

 言葉にするのは、やっぱり難しかった。
 頭の中では何度も考えたのに、いざ口にすると、どれも不器用な言葉になってしまう。

「私から誘えば会えるって、悠真は言ってくれたよね。それは嬉しいよ。会いたいって言ったら、会ってくれるんだもん」
「うん」
「でも、私も、悠真から会いたいって言ってほしかったんだと思う」

 私は悠真の目をまっすぐ見つめた。

「私と会うことを、悠真も楽しみにしてくれてたらいいなって。私との時間も、悠真にとって特別だったらいいなって。……そう思ってた」

 言い終えると、急に恥ずかしくなった。
 こんなことを言ったら、重いと思われるかもしれない。
 面倒くさいと思われるかもしれない。
 それでも、もうごまかしたくなかった。

「だから、友達と遊ぶって聞いたとき、私とはあんまり会えないのにって思っちゃった。ほんとは、ただ会いたかっただけなのに」

 悠真は黙って聞いていた。
 やがて、少し困ったように視線を落とした。

「……そっか」

 その声は、いつもより静かだった。

「俺、莉子がそんなふうに思ってるって、ちゃんとわかってなかった」

 悠真は少し考えてから、続けた。

「俺は、会いたいなら言ってくれればいいって思ってたんだ。予定が合えば会いたいし、莉子と一緒にいるのも楽しいし」
「うん」
「でも、自分から誘うことは、あんまり考えてなかったかも。塾で会えるし、連絡だってできるし。それで十分っていうか……」

 悠真はそこで言葉を切った。

「ごめん。莉子にとっては、そうじゃなかったんだよね」

 私は小さくうなずいた。

「うん。私にとっては、付き合ったら、もっとお互いのことを知っていけるんだと思ってた。会ったり、話したりして、少しずつ近くなっていくんだって」
「……うん」
「だから、会う時間が少ないと、まだ悠真のことを知らない気がして。不安になることもあったんだと思う」

 言いながら、私は気づいた。
 私は、ただ一番にしてほしかったわけじゃない。
 悠真の中に、自分の居場所があると感じたかった。
 私が彼を大切に思っているように、彼にも私との関係を大切にしてほしかった。
 その気持ちを、今までうまく伝えられなかったのだ。

「俺は、莉子のこと好きだよ」

 悠真がまっすぐな声で言った。
 私は顔を上げた。

「でも、友達も大事なんだ。久しぶりに会いたいって思うこともあるし、友達との約束も楽しみにしてる。それは、これからも変わらないと思う」
「うん。わかってる」
「だから、いつでも莉子を一番にできるかって言われたら、正直、わからない」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
 以前の私なら、きっとそこで悲しくなっていたと思う。
 恋人なのに、私は一番じゃないんだ。
 そう考えて、また何も言えなくなっていたかもしれない。
 でも、今は少しだけ違った。
 悠真が友達を大切にしたいと思うことと、私を好きだと思うことは、必ずしも矛盾しない。
 頭では、まだ完全に納得できているわけじゃない。
 それでも、そういう考え方もあるのだと、今は思えた。

「……そっか」

 私はうなずいた。

「私も、悠真に友達を大切にしてほしくないわけじゃないよ」

 それから、少しだけ笑った。

「ただ、たまには悠真からも誘ってくれたら嬉しい。次いつ会えるかなって、一緒に考えてくれたら」

 悠真は私を見て、ゆっくりとうなずいた。

「うん。わかった。俺からも誘うようにする」
「ほんと?」
「うん。約束する」

 その言葉が嬉しかった。
 私の望みが全部かなったわけじゃない。
 これからも、悠真が友達と遊ぶ日はあるだろうし、私が寂しいと思う日だってあると思う。
 それでも、今まで言えなかった気持ちを、ちゃんと伝えられた。
 そして悠真も、自分の気持ちを話してくれた。
 それだけで、少しだけ前に進めた気がした。

「あとさ」

 悠真が口を開いた。

「今度の日曜日、空いてる?」
「え?」
「よかったら、どっか行かない?」

 思わず、笑みがこぼれた。

「……うん。行きたい」
「じゃあ、どこ行くか考えとく」
「私も考える!」

 さっきまでの緊張が、少しずつほどけていく。
 駅に着くまで、私たちは次の日曜日に何をするか話した。
 特別な場所じゃなくてもいい。
 一緒に歩いて、話して、笑えたらいいな。