好きじゃない、はず?


「はぁ? 福士と付き合ったぁ⁉」
「ひよ、昨日、只中君に告白しに行くって言って出てったよね?! ドユことか説明して!」

 次の日の昼休み。私は友人と教室で昼ご飯を食べていた。福士君は教室にはいない。
 パックのカフェオレをストローで啜るわたしに、友人の咲奈と瑞樹が食い掛かってきた。
 理由はもちろん、わたしが付き合うことになったから。
 好きだと言っていた人ではない人と。

「只中くんには、ーーーーフラれた。他校に彼女がいるんだって。中学校以来の」
「へぇ、解らないもんだね。彼女いないと思ってたけど。まぁ、それならしゃあないね」
「……もうちょっと慰めてくれてもいいんじゃない? フラれたんだよ? わたし」
「いや、理由がもう仕方ないんだから、慰めようもなくない?」

 勝気なポニーテールにきりっとした瞳が特徴的な、姉御肌でずばずばものを言う咲奈。
 数日前までは確かに恋路を応援してくれていたというのに、変わり身が早い。

「というか、私たちが聞きたいのはそっちじゃないし。早く吐け、オラ」

 お弁当のブロッコリーに勢いよくフォークを突き刺しながら、半眼でこちらを見やる咲奈。

「そうだよぉ、どういうこと?? ひよ、一体誰と付き合ったのっ?!」
「えぇと、同じクラスの……福士君?」
「下の名前は?」
「確か、ゆたか、だっけ」
「なにその曖昧なのぉ! 全然恋人っぽくないじゃん! もう!」

 ぷく、と頬を膨らませるのは、天然で温和な性格だけど、感情が高ぶりやすい瑞樹。ふわふわ茶髪のセミロングに、オプションのモスグリーンのベストが鉄板な、おしゃれっ子でもある。
 わたしが食べようと手を伸ばしたメロンパンの包装を遠ざけて、二人はじろりとわたしをねめつける。

「一体どうして付き合うことになったのか、洗いざらい吐いてもらうからね?」
「吐くも何も……帰ろうとしたら、教室に福士君がいて、それで告白されたの。付き合って欲しいって。わたしのこと好きだなって思ったから、だから、いいよって。ただそれだけだよ」

「「~~~~~はぁ…………」」

 取り返したメロンパンを口に含みつつ簡潔に説明を終えると、二人は困り顔で深いため息をついてしまう。

「え、何、どうしたの」
「どうしたもこうしたもないわよ! あんた、自分がフラれたばかりだって言ったわよね? それなのにどうしてほかの男と付き合えるわけ? しかも、別に親しくもない福士と!」
「いや、わたし、只中くんに告白したところだって伝えはしたよ? でも、向こうがそれでいいって」
「もう、そういうことじゃなくて! ひよの気持ちのことを言ってるの!」
「……? わたしのこと好きって言ってくれるなら、付き合ってみてもいいんじゃない? わたしの事、きっと大事にしてくれるよ」
「だから、何でそんな他人行儀なことになってるのって言ってるの!」
「わ!」

 咲奈のプチトマトが弾けた。
 机の上に種と汁が飛び散って、じゅく、と光を反射する。

「もう、感情が高ぶるのはわかるけど、お洋服汚したら大変だよ? ほら、ウェットティッシュ!」
「ありがと、瑞樹」

 瑞樹がくまのポーチからウェットティッシュを取り出して、一枚を咲奈に、もう一枚で机をふきながら、ちらっとわたしを見る。


「……ひよにとって、福士君ってどんな人?」
「え?」
「どういう感じの人だと思ってるの?」
「えぇと……」

 瑞樹の落ち着いた瞳でしっとりと見つめられ、わたしは思わず言葉に詰まってしまう。

 ……福士ゆたか君。確か下の名前は漢字が難しくて、由多可とかだった気がする。
 出席番号三十二番。サッカー部所属で、習字がすごく上手だった気がする。
 見た目は、ひょろっと背が高くて、色白で、痩せ気味。だから、首元や手首、背骨がとても骨ばっているのがよくわかる。黒い眼鏡の奥の瞳は、結構やさしめなたれ目。たまたま同じ班だった時、グループワークをしたときに見えた。普段は前髪と襟足の長い真っ黒な髪に覆われて、顔の印象が薄れているけど。
 クラスにはあまり親しい友人は居ないみたいで、よく一人で本を読んでいるのを見かけるけど、別に根が暗いわけじゃなさそう。たクラスの友達と廊下で、とても楽しそうに談笑していたのを見たころがあるような気がする。

 あとは、告白するとき、意外と凛とした表情をするんだなって、思った……ぐらい?

「—————答えたけど」
「~~~~~なんか、およそ恋人になった人についての説明とは思えない!」
「え、そう? 結構描写できる方だと思ってるけど……」
「ひよはもともと性格的に、いろんな人のことよく見てるでしょ、隣のクラスの柏木でもきっと同じだけの感想が出せるわよ」
「ほんとにそう思う……って、え、柏木君ってだれぇ?」
「私の他クラスの、幼馴染の彼氏」
「わぉ、他人も他人」
「で、言えるでしょ?」
「うん、それは勿論……」

 咲奈に突っ込まれて、わたしは柏木君についても思い出してみる。

 柏木陽太君。わたしたちの隣のクラスの、2年5組7番の男の子。軽音部に入っていて金髪パーマと右耳に二個のピアス、左に三個穴を空けているのが、いかにもバンドマンで、そろそろ口にも開けたがっている。勉強が出来なさそうと周りに揶揄われているが、古典分野に関しては学年で一二を争う秀才で…………

 説明を続けていたら、私に掌を向けて停止の合図をしながら、咲奈はなぜかがっくりとうなだれてしまった。

「ひよ、もういい、分かったから。もう、私よりあいつのこと知ってんじゃない……」
「別に一切かかわりないのに、瑞樹も覚えちゃったぁ」
「よかったね」
「うん、ありがとう~~~~……って、そうじゃなくて! それじゃ、駄目じゃん! 何か!」
「?」

 にこっと微笑んだと思ったら、急にクワっと目を剥いてまくしたてる瑞樹。迫力があって何だか怖い。

「こら、ひよ!」
「え、何で怒ってるの……?」
「怒るに決まってるでしょ、逆に何でわからないの! 恋人になる人と、赤の他人に対して知ってる情報量が同じって、あまりに可笑しいでしょ⁉」
「恋人も、他人だよ……?」
「今は揚げ足取ってこないの!」
「わぁ」

 瑞樹の手で握りつぶされたパックから、ぴゅーっと勢いよく溢れるオレンジジュース。

「どうどう、瑞樹……あんたさっき私に感情がどうこう言ってたけど、人のこと言えないわよ……ほらティッシュティッシュ」
「ありがと、咲奈。ちょっと、今瑞樹、ぷんぷんかも……」
「そうね、ちょっとじゃないとは思うけどね」

 今度はスカートのポケットからティッシュを取り出して、咲奈が机の上をふき始める。塾の宣伝が入ったそのティッシュ、わたしも朝もらったな、こないだまでチョコのお菓子ついてたのにな、経費削減かな、というか今日わたしの机汚れすぎじゃないかな……と思っていたら、ぼーっとしているのを見抜かれ、喝を入れられる。

「ひよ! 聞いてるの!」
「ひゃい!」
「ーーーーーもう。で、ひよは、福士君のどこが好きなの?」
「そう、結局はそこよね。教えなさい!」

 ずずい、と近づく二人の顔。

「………………優しそうなところ?」
「あまりにも長い沈黙ね」
「何その他人行儀……」
「もう、突っ込んでたらきりがないよぉ……。で、それ、どこで思ったの?」
「え?」
「だから、どこで福士君が優しい人だって思ったの?」
「……告白してくれたとこ?」
「告白してくれたら、優しいの? それなら、只中君だって、ひよのこと告白してくれて優しいから付き合ってって言ってくれるってこと?」
「……そういうわけじゃないけど」

 瑞樹に言われると、確かに少し違う気がしてきた。

 好きな人に好きだと伝えることは、相手を思いやる行為じゃないってことは、身に染みてわかってるから。世の中には、自分の身勝手な感情で、相手を困らせる可能性の方が有り触れている。現にわたしは、只中君に困り顔をさせてしまったわけだし。
 告白は、別に優しさでもなんでもない。

 じゃぁ、わたしはどうして、彼の告白を受けたんだろう。


「ーーーーーわたしのこと、好きだから?」
「うわぁ、そこいっちゃうか……」

 瑞樹が露骨に顔をしかめて、天井を仰ぐ。
 わたしは、その沈黙に含まれる感情を、理解できないほど鈍感ではなかった。
 自分でもずっと思っていたことだから。
 でも、それと同時に昨日、只中君の薄い唇からこぼれた言葉が、それと同時にギュッと縛り付けられた心が、リフレインする。
 自分でも制御できないほどに、頭にもやがかかっていくのが分かった。 


「ひよ、あんたそれ、本気で言ってるの? 相手が自分のこと好きだから付き合ってあげる、だけで、これから先がほんとに成り立つと思うの?」
「それの何がいけないの?」

 食い気味に、自分でも驚くぐらい、尖った声が出た。
 言葉のとげとげしさに、咲奈が少し目を見開く。

「いけないとは言ってないけど?」
「じゃあ、何なの。わたしが誰と付き合おうと、別にいいじゃん」
「そうだけど……」
「わたし、別に福士くんを騙そうとしてるわけじゃないよ。これから好きになれるかもしれないし。付き合ってみなきゃわからないことだってあるでしょ」

 言いながら、わたしは自分の言葉にしがみついていた。

 そうだ。
 最初から好きじゃなきゃ付き合っちゃいけないなんて、決まってないはずだ。
 恋人になってから好きになることだって、きっとある。
 だったら、今のわたしの選択は間違っていないはずだ。


「ーーーーそりゃそうだねぇ」

 ジュースを口に含みながら、遠い目をする瑞樹。

「付き合ってみて好きになることはあると思う。別に、ひよが福士君を好きじゃないからって、今すぐ別れる必要はないと思う。それは相手にも失礼だしね。ひよも、それはわかってるよね?」
「うん、わかってる」

 告白を安請け合いした以上、直ぐに取り消すのは、その場で断るよりもはるかに性質が悪い。
 わたしだって、只中君が告白を受けてくれて、それで次の日にやっぱ好きじゃなかったから別れてなんて言われたら、耐えられない。告白を受けて貰った時の嬉しさなんて、直ぐに雲散霧消してしまう。
 
 ーーーーーーーと、そこまで考えて、それと同じだけのことを彼にしている自分に気が付く。

「……」

 それ以上何か言うことが出来なくて、うつむく。
 この二人が私が悪いと攻め立てるだけじゃないことは分かっているのに、どうも視線に耐えられそうにない。

 私は、悪くない。
 そう、思い込まないと、今の私が耐えられそうになかった。
 それが無責任な選択の結末だと気づいてはいたけれど。



「でもさ、福士がひよを好きなのと、ひよが福士を好きになるのって、別の話じゃん」

 咲奈の言葉が沈黙を破った。
 あまりにも当たり前のことを言われて、わたしは返事ができなかった。

「……え?」
「福士がひよを好きなのは福士の自由。ひよが福士を好きになるかどうかは、ひよの自由。そこは別に、交換条件じゃないでしょ」
「……交換条件って」
「だって、ひよの言い方だとそう聞こえるもん。好きって言ってくれたから付き合う。大事にしてくれそうだから付き合う。じゃあ、福士がひよを好きじゃなくなったら、ひよは福士を好きでいる理由もなくなるの?」

 胸の奥が、ちくりとした。
 そんなこと、考えたこともなかった。
 ただ、福士君がわわしのことを好きだって言ってくれたから。
 そもそも、わたしは福士君を好きになるつもりなんて、まだなかったのだから。

「……それは、わからないよ」
「うん。そうだよね。でも、中途半端なきもちのまんま、ずっと付き合うっていうのも失礼だって、ちゃんとわかっときなね」
「……それは、わかってる」
「って私たち別に、全部を否定したいわけじゃないからね。ひよには、幸せな恋愛してもらいたいだけなんだから」
「ーーーーーうん、それもちゃんと、解ってる。ありがとう」
「んもぅ、時化た雰囲気はやめにしようよぉ!」
「そうね、もう昼休みも終わってしまうわけだし」

 この話はもう終わり、というようにパンと一つ手をたたいて、咲奈が弁当に一つ残っていたブロッコリーをわたしの口に突っ込む。

「ほぉ?!」
「もう、菓子パンだけじゃなくちゃんと野菜も食べなさいよね」
「……ありがとう、二人とも」

 いろいろ、考えてくれて。

 飲み込んだ言葉を二人は理解してくれていたみたいで、優しい笑みが返ってくる。
 それと同時に、喉の奥に棘がささった気がして、でもそれを無視して、わたしも笑みを浮かべ直した。


 ブブ。
 スマホのバイブ音。

 画面を覗き込むと、交換したての人物からのメッセージが届いていた。

『【ゆたか】今日の放課後、一緒に帰れませんか。』

 丁寧な文面を覗き込み、わたしはきゅっと唇を噛み締めた。