おにぎり


この性格を隠すのも、人間関係も。

「おはよう」

 右耳から女の子らしくも大人びった声がすると思ったら、アヤメだった。

「アヤメ。おはよう」

 ニコっと口角を上げて私はアヤメに答えた。

 アヤメはいつも元気そうに毎日笑っていた。

 私は外では明るく振る舞っているが素直に笑っていない。

「どうしたの?」

 笑っているアヤメは両頬にえくぼができていた。小動物のようなクルクルな目で私なんかに笑みを浮かべてくれた。

 不思議そうにアヤメは私を見て聞いてきた。

「ううん、なんでもないよ」

 素をありのまま外に出せるアヤメが羨ましい。こんな明るくて、可愛らしい子いない。

 聞きたくない教科書通りの授業形式が終わり、お昼休みになった。

 お昼になると、仲の良い友達と向かいあって食べられるようにガタカタと机を動かしてお弁当を食べる。

 いつものようにアヤメは私の所に来て、私の机とくっつけてカバンからお弁当を取り出し広げ始めた。

「あ―眠かった。ってか、二年に上がって、クラス替えしたけど何も変わんないよね」

 知り合いが多いせいか環境に変化はない。

 担任も一年の時と同じだ。

 お弁当をアヤメがパカっと開けると、色鮮やかなおかずやご飯が入っていた。

 アヤメの弁当は、いつも冷凍食品は入っていない。母親が作った愛情こもった弁当だ。

 前、アヤメの弁当おいしそうと私が言うと、そう? と照れくさそうに言っていた。

 本当に美味しいのだろう。

「…ほんとだね」

 アヤメに微笑み返して、私は昨日コンビニで買ったパン二つをカバンから出して口に頬張った。

 私のご飯は味気ない。

「そうだ。友達に聞いたんだけど。WEBでアルバイト募集があってね。その中でおにぎりを作るだけのバイトがあるんだって」

 卵焼きを箸に持ち、アヤメは私に言った。

「え? おにぎり」

「うん。おにぎりだけ作れば、次行く日にはお金がテ―ブルに置かれてんだって」

「それはどこでやってるの?」

 私はもしゃもしゃとパンの水分がなくなるまで噛み砕いて言った。

 卵焼きをパクっとアヤメは口に入れてから、ご飯を口にした。

「…榴ヶ岡のアパ―トでやってるらしいよ」

 もぐもぐと口に頬張り、アヤメは次のおかずを箸に持ちゆっくりと食事をしていた。

「…へぇ―。それほんとなのかな」

「う―ん。でもおにぎりバイトって聞いて、その人はなんでわざわざバイトする人を見つけているのかなって不思議に思ったよ」

 確かに。なんでおにぎりバイトの主はアルバイトという言葉を使って、人を雇う必要があるのだろうか。

「その人はなんでそんなことしているのかな」

 ゴクッとコ―ラを口に入れてからアヤメに私は聞いた。

 ちらっと私を見てアヤメは声を発した。

「誰か側にいてほしいんじゃない」

 最後のおかずをパクッとアヤメは口の中に入れて、おいしそうに味わっていた。

 言葉に出せないことにより、シュワシュワというコ―ラの爽快感が胃の中に入る度、私は心の中で呟いていた。

 誰か側にいてほしいか。

 私は窓際の後ろ席なので、授業中に筆箱で隠しながら携帯で調べものをしていた。

 後ろまで回ってこなければ先生に見つからない。

 【おにぎり バイト】

 自分で作られたと思うアルバイト情報が幾つか載っていた。

 スライドして見るとあった。

 おにぎりバイト。

 簡単! ただ作るだけのおにぎりバイト。 

 作るだけだから超簡単。やってみませんか。

 やりたい人は、こちらのメ―ルに送信して下さいと書かれていた。

 怪しすぎる、絶対なんか裏ある。

 でも……おばあちゃんが言っていたおにぎり。

 そこが気になる、なんで、おにぎりなの。

 今時、おにぎり握って、それを金にする奴いるか? 自分で作れるだろ? 

 疑問しか湧いてこない。

「でも……」

 私は一人呟き、メ―ルアドレスを人差し指で押して、必要事項を打ち込んだ。

 授業なんて後回しに私は入力していた。

 そして、必要事項を確認して送信した。

「うわあ、ほんとにバカだ。私」

 小さな声で発し、机の上で両腕を伸ばした。

 クラスメイトは定評のある先生なので、楽しく授業に取り組んでいる。

 送信済みメ―ルを確認して私は本当に送信したことに後悔した。

 しかし、この行動が変わることになるなんて思わなかった。私も彼も。

 窓を見ると、高い所に飛行機が飛んでいた。

 どこに行くか分からないエンジン音を切らして。

 彼がその音を眺めているとも知らずに。

「圭は真面目だよな。ほんと。大学入学したばかりなのにこんな時に遊ばなくていいのか。一回ぐらい休んで俺たちと遊ぼうぜ」

 授業が終わった後、大学の友人が軽そうなリュックを背負って聞いてきた。

「今日はやめておくわ。誘ってくれてありがとな」

 頬杖をつきながら俺は右側にいる友人に申し訳なさそうに言った。

「…分かった。またな」

 友人は苦笑いを浮かべて左手を出して帰っていた。俺は大学の友人に真面目だとよく言われる。

 だが、それは真面目という自分を取り除いたら俺の個性はない気がしたから。

 大学の友人とつるんではいるが、接し方や笑い方で俺のこと好きじゃないって分かる。

 俺なんてどうでもいいと言っているように。

 生きる意味ってなんだ。

 そのまま俺は席に座ったまま空を眺めた。

 飛行機はいいよ、高い所にいて。知らない世界に行っているみたいだから。

 すると、ブゥブゥと携帯のバイブ音がした。  

 誰もいない教室だからすぐ気づいた。

 携帯を開くと、好きな芸人のヒロシが現れて、スマホをロック解除した。

 メ―ルボックスには一通のメ―ルが入っていた。

「次はこの人か。松井茉莉」

 どんな奴だろう。日常が変わるだろうか。