1週間後。
私は実咲に誘われて、男子の県大会初戦を観に来た。
試合の相手は、優勝候補だ。彼らの最後の試合になるかもしれないと、実咲も私も口には出さないけど、そんなことを考えていた。
芽衣とはあの時から、話をしていない。廊下で会っても芽衣は、困った顔をして声をかけてこない。私も、無視するみたいに目をそらしていた。
コートでは公式練習が始まって、スパイク練習やフォーメーションを組んでの練習など、いつもの流れで練習が進んでいる。会場の市民体育館は暑くて、男子バレー部員は汗をかきながら、それでも精一杯、はりのある掛け声をしながらコートで元気に動き回っている。
「暑いねぇ。冷房効いてるんだろうけど」
実咲の言葉に、私もうなずいた。二人してうちわで、自分たちの頬やひたいや首筋をぱたぱたとあおぐ。
ねえ、と実咲が切り出した。
「芽衣と何かあったでしょ」
うちわでぱたぱたとあおぎながら、こっちを見ている。私は前を向いたまま、しばらく何も答えなかった。
「私、芽衣に嫌われてるから」
しばらくしてそう切り出した私に、実咲は「えっ」と驚いた声を出す。眉をひそめてこっちを見ているのが、見なくてもわかった。
「そんなこと、絶対ない」
「ある」
「なんでよ」
「考えがちがいすぎる、私と。芽衣みたいなみんなに優しい子にとっては、私みたいに何でもはっきり言っちゃうのって、自己中にしか見えないんだと思う」
実咲がため息をつくのが聞こえた。
「芽衣は、悠加に憧れてバレー部のマネージャーになったんだよ」
そのとき、コートから両チームの大きな声が聞こえた。試合開始の挨拶をしている。実咲がそこで話をやめたから私も何も言わず、コートに視線を送った。
相手チームから、強烈なジャンプサーブが打ちこまれる。
俊敏に回り込んだリベロが、かたく据えた腕で「ドスッ」と音を立てそれをレシーブする。セッターは音もなく空中に、そっとやわらかいトスをあげる。
トスのあがったその空間を切り裂くように、踏みこんだアタッカーがジャンプをする。そして腕を振り抜き、力強くボールをとらえる。鋭い音を立てて、ボールが相手コートに突き刺さった。
男子バレー部のメンバーの、かけ声が響く。
芽衣はね。実咲がふいにまた話をはじめた。
「入学してすぐに体育館でスパイク打ってる悠加を見かけて、同じ一年生でこんな子がいるんだ、ってびっくりしたんだって。自分も仲間になれないかなって、マネージャーなら頑張れるかもしれないって。そう思って入ったんだよ」
実咲は、前を向いたまま話を続ける。
「だから――嫌いってことは、絶対ない」
でもね、と実咲は続けた。「洸平のことは好きだったよ。芽衣はずっと」
「知ってたの?」
私は思わず、責め立てるように声を出した。実咲は首を振った。
「何も聞いたことないよ。芽衣からは。でも見ていればわかる。いつも洸平を目で追っていたもん」
相手方がエースに高々とオープントスを上げ、エースは鋭いスパイクを決める。相手方の喜びの掛け声と、こちらの励まし合う掛け声がコートに響く。実咲は試合のゆくえを見守りながら、話を続けた。
「でも、洸平が好きなのは悠加だったでしょう? 周りにも、悠加みたいな子がタイプだって公言して、実際つきあうみたいになって……芽衣はずっと、我慢してたと思う。悠加に憧れてバレー部に入ったんだから、って。多分――多分ね、部活引退してから告白したんだと思う。それまで誰も、二人でいるところなんて見たことなかったもん」
そこまで一気に話して、実咲は口をつぐんだ。
思いがけない話ばかりだった。
芽衣が、私に憧れていた?
ずっと洸平のことを好きだった?
見ていればわかる、なんて。私には、全然わからなかった。
バンッ。
ダンッ。
うおおおおい!
コートではこちら側のスパイクが決まり、男子バレー部の選手たちは集まり肩を組んでいる。
このコートで響くボールの音が、攻撃が決まったときの笑顔とともにあがる歓声が、私は大好きだった。練習や普段の生活でどんなにいやなことがあっても、バレーはいつも楽しかった。友達関係も、勉強のモチベーションも、全部バレーが与えてくれた。
だから――バレーばっかりだった。私は。
バレーと自分のことしか、考えていなかった。
やめてしまったら私に、何が残るんだろう。
「実咲は、怖くない?」
実咲の志望校は、看護大学だ。本気で看護師を目指すからバレーは高校でおしまい、とずいぶん前から話していた。
「バレーをやめて、全部リセットされちゃって――大学に入ってまた、イチからはじめるの」
「怖くないよ」
実咲はきっぱりと言った。
「リセットじゃない。足すんだよ。ずっとバレーを頑張ってきた自分に、新しいものを足すの」
試合は相手リードのセットカウント1-2で、第4セットを迎えていた。
こっからだよー! 実咲はコートに向かってさけぶ。
試合は、相手リードのままマッチポイントを迎えた。
相手の選手がサーブを打つ。サーブレシーブは、センターにいるセッターのもとへ、ぴったりと届いた。
洸平が、すばやくステップを踏んでセンターに切り込み、ジャンプする。
振り上げた手が、鋭くボールをとらえた。
バシッ。
ドスッ。
洸平のクイックは相手のブロックにつかまり、こちらのコートに突き刺さった。
相手の歓声が巻き起こって、男子バレー部員はみんな肩を落としている。感情にひたっている暇もなく両チームはコートの端に分かれて、試合終了の挨拶をする。
泣き声のまじった挨拶の声が、コートに響いた。
私は実咲に誘われて、男子の県大会初戦を観に来た。
試合の相手は、優勝候補だ。彼らの最後の試合になるかもしれないと、実咲も私も口には出さないけど、そんなことを考えていた。
芽衣とはあの時から、話をしていない。廊下で会っても芽衣は、困った顔をして声をかけてこない。私も、無視するみたいに目をそらしていた。
コートでは公式練習が始まって、スパイク練習やフォーメーションを組んでの練習など、いつもの流れで練習が進んでいる。会場の市民体育館は暑くて、男子バレー部員は汗をかきながら、それでも精一杯、はりのある掛け声をしながらコートで元気に動き回っている。
「暑いねぇ。冷房効いてるんだろうけど」
実咲の言葉に、私もうなずいた。二人してうちわで、自分たちの頬やひたいや首筋をぱたぱたとあおぐ。
ねえ、と実咲が切り出した。
「芽衣と何かあったでしょ」
うちわでぱたぱたとあおぎながら、こっちを見ている。私は前を向いたまま、しばらく何も答えなかった。
「私、芽衣に嫌われてるから」
しばらくしてそう切り出した私に、実咲は「えっ」と驚いた声を出す。眉をひそめてこっちを見ているのが、見なくてもわかった。
「そんなこと、絶対ない」
「ある」
「なんでよ」
「考えがちがいすぎる、私と。芽衣みたいなみんなに優しい子にとっては、私みたいに何でもはっきり言っちゃうのって、自己中にしか見えないんだと思う」
実咲がため息をつくのが聞こえた。
「芽衣は、悠加に憧れてバレー部のマネージャーになったんだよ」
そのとき、コートから両チームの大きな声が聞こえた。試合開始の挨拶をしている。実咲がそこで話をやめたから私も何も言わず、コートに視線を送った。
相手チームから、強烈なジャンプサーブが打ちこまれる。
俊敏に回り込んだリベロが、かたく据えた腕で「ドスッ」と音を立てそれをレシーブする。セッターは音もなく空中に、そっとやわらかいトスをあげる。
トスのあがったその空間を切り裂くように、踏みこんだアタッカーがジャンプをする。そして腕を振り抜き、力強くボールをとらえる。鋭い音を立てて、ボールが相手コートに突き刺さった。
男子バレー部のメンバーの、かけ声が響く。
芽衣はね。実咲がふいにまた話をはじめた。
「入学してすぐに体育館でスパイク打ってる悠加を見かけて、同じ一年生でこんな子がいるんだ、ってびっくりしたんだって。自分も仲間になれないかなって、マネージャーなら頑張れるかもしれないって。そう思って入ったんだよ」
実咲は、前を向いたまま話を続ける。
「だから――嫌いってことは、絶対ない」
でもね、と実咲は続けた。「洸平のことは好きだったよ。芽衣はずっと」
「知ってたの?」
私は思わず、責め立てるように声を出した。実咲は首を振った。
「何も聞いたことないよ。芽衣からは。でも見ていればわかる。いつも洸平を目で追っていたもん」
相手方がエースに高々とオープントスを上げ、エースは鋭いスパイクを決める。相手方の喜びの掛け声と、こちらの励まし合う掛け声がコートに響く。実咲は試合のゆくえを見守りながら、話を続けた。
「でも、洸平が好きなのは悠加だったでしょう? 周りにも、悠加みたいな子がタイプだって公言して、実際つきあうみたいになって……芽衣はずっと、我慢してたと思う。悠加に憧れてバレー部に入ったんだから、って。多分――多分ね、部活引退してから告白したんだと思う。それまで誰も、二人でいるところなんて見たことなかったもん」
そこまで一気に話して、実咲は口をつぐんだ。
思いがけない話ばかりだった。
芽衣が、私に憧れていた?
ずっと洸平のことを好きだった?
見ていればわかる、なんて。私には、全然わからなかった。
バンッ。
ダンッ。
うおおおおい!
コートではこちら側のスパイクが決まり、男子バレー部の選手たちは集まり肩を組んでいる。
このコートで響くボールの音が、攻撃が決まったときの笑顔とともにあがる歓声が、私は大好きだった。練習や普段の生活でどんなにいやなことがあっても、バレーはいつも楽しかった。友達関係も、勉強のモチベーションも、全部バレーが与えてくれた。
だから――バレーばっかりだった。私は。
バレーと自分のことしか、考えていなかった。
やめてしまったら私に、何が残るんだろう。
「実咲は、怖くない?」
実咲の志望校は、看護大学だ。本気で看護師を目指すからバレーは高校でおしまい、とずいぶん前から話していた。
「バレーをやめて、全部リセットされちゃって――大学に入ってまた、イチからはじめるの」
「怖くないよ」
実咲はきっぱりと言った。
「リセットじゃない。足すんだよ。ずっとバレーを頑張ってきた自分に、新しいものを足すの」
試合は相手リードのセットカウント1-2で、第4セットを迎えていた。
こっからだよー! 実咲はコートに向かってさけぶ。
試合は、相手リードのままマッチポイントを迎えた。
相手の選手がサーブを打つ。サーブレシーブは、センターにいるセッターのもとへ、ぴったりと届いた。
洸平が、すばやくステップを踏んでセンターに切り込み、ジャンプする。
振り上げた手が、鋭くボールをとらえた。
バシッ。
ドスッ。
洸平のクイックは相手のブロックにつかまり、こちらのコートに突き刺さった。
相手の歓声が巻き起こって、男子バレー部員はみんな肩を落としている。感情にひたっている暇もなく両チームはコートの端に分かれて、試合終了の挨拶をする。
泣き声のまじった挨拶の声が、コートに響いた。
