あのひこうき雲みたいに、まっすぐ。

 キャプテンらしくしっかり者の実咲と、私。私はずっと、実咲にひっぱってもらってきた。

 中学生の頃。私は学校の部活ではなく、小学校の頃からいたバレーボールクラブでプレーをしていた。実咲は、隣町の別のチームにいた。私たちは、県選抜のメンバー同士として出会った。

「ねえねえ」
 ある日、練習終わりの更衣室で実咲が私に話しかけてきた。
「悠加ちゃん、頭いいって聞いたんだけど」
 実咲は唐突にそんなことを言った。なぜか、周りをはばかるように小声だった。
「うそ。全然よくないよ」
「すごく成績いいって聞いたよ。東(ひがし)高に余裕で入れるくらい、って」

 たしかに、成績は悪い方じゃなかった。県立の東高校に余裕で入れるかはわからないけど、志望校にしても恥ずかしくないくらいだった。
 実咲はいっそう小声になって言った。
「私、麗桜(れいおう)高校とかには行きたくないの」

 私は思わず実咲を見つめた。
 麗桜高校は、私立のバレー強豪校だ。全国大会の常連で、私もチームの監督に「麗桜に行ったらどうだ」と何度もすすめられていた。
「麗桜行ったら、きっとバレー一色の高校生活でしょ。私バレーは続けたいけど、今みたいにビシバシやられながら続けるのは嫌なの。東高ね、おととしまでは弱かったんだけど、石川先生っていう先生が異動してきて顧問になって、強くなったの。この前の地区大会ではベスト4になったんだよ。うちの近所の幼なじみが東高生で、友達から聞いたらしいんだけど……バレー部は学年関係なく平等だし、先輩も理不尽に怒ったりしないし、厳しい所は厳しいけど普段は優しくて、すっごく楽しいって」

 本当に? 私は気がついたら、夢中で実咲の話を聞いていた。
 ビシバシやられながら。理不尽に怒る監督や先輩。私も同じだった。ずっと、そういうことを我慢しながらやってきた。大好きなバレーが嫌いになりそうなくらい。

 私も、東高校に行きたい。
 私はその日に、実咲と約束した。

 そうして私と実咲は東高校に入学して、そろってバレー部に入部した。

 東高校のバレー部は、実咲が言った通りだった。遠慮なく話しかけてくる先輩たちに最初は緊張したけど、彼女たちはただ私たちと仲良くしてチームワークを高めたいだけで、変にいばったりする気なんてなかった。
 中学の県選抜出身の私と実咲を歓迎してくれ、ちょっとうぬぼれるみたいな言い方になるけど――尊敬しながら、接してくれた。
 そういう雰囲気の東高校バレー部だから、1年生の頃から引退するまで、ずっと楽しくやれた。

 だけど、自分で選んだ東高校なのに、その自由さが私を悩ませることがあった。それが1年生の頃の、洸平とのことだった。 
 この前石川先生の話を聞いてから、1年生の頃のことばかり考えていた。洸平と仲たがいしまったのは、やっぱり絶対、あのことにちがいなかった。

 洸平とは同じクラスで、バレー部同士自然と仲良くなった。私のスパイクのフォームを洸平はいつも、しきりとほめてくれた。
「本当にきれいにスパイク打つよな。俺がよく見るお手本動画とほとんど変わらないもん」
「そんなことないよ。だいたい私、子どもの頃からずっとバレーばかりやっているんだし」
 洸平は首を振った。
「いやほんとにすごいから。憧れてるもん」
 えー嘘、なんて笑ってごまかしながら、私はドキドキしていた。
 憧れなんて。別に私自身じゃなくスパイクのフォームに対して言ってるんだってことは、よくわかってるんだけど。

 そのうち洸平は、練習中や練習終わりにも私に話しかけてくるようになった。最初は、スパイクやサーブの打ち方の相談だった。
 そのうち、駅までの道を一緒に帰るようになった。洸平はいつも「俺もこっちだから」と言って私と一緒に歩いた。

 バレーの相談だけじゃなく、関係のないことも話すようになった。中学のハンド部のときの練習の話とか、クラスの誰かが言った面白いこととか。洸平は少しせっかちで、次から次へと、話し出すと止まらないような人だった。私は、そんな洸平の話を聞くのが楽しかった。
 クラスの男子と軽口をたたいた話も、聞かせてくれた。「どんな女の子がタイプか」という話をすると、みんな「おとなしくて話を聞いてくれる子がいい」「癒しになってくれる子がいい」とかいうのだ、と。
「俺はそういうのは興味ないな。一緒に上を目指せるような、かっこいい子がいい」
 私は「へえ」なんて何気なく相づちを打ちながら、本当は心臓がどくどく鳴っていた。それは私のことを言っているのかな、なんて思ってしまった。
 自分をかっこいいと思うなんてうぬぼれてるけど、少なくとも、おとなしいとか癒しとか、そういうのよりはずっと近い気がしたから。

「……悠加って、洸平くんとつきあってるの?」
 ある日、バレー部の先輩アユさんに聞かれた。サラサラの長い髪をしていていつも花のような匂いがする、きれいで大人っぽい先輩だ。
「いえつきあってなんかないです」
 緊張しながら私は首を振った。
「最近よく一緒に帰ってるじゃーん」
 アユさんは甘えたようなかわいい声で、私に抗議した。

「残念。洸平くん、まじで悠加がタイプらしいよ」
「えっ」
 アユさんの隣にいた同じ代のアヤナさんが言うと、私は思わずアユさんと声をそろえた。
「この前男子部で、女子部の誰がタイプ? って話をしてたんだって。そしたら洸平くんのタイプは、悠加なんだそうでーす。スパイクする姿がかっこよくて、惚れるって!」
 アヤナさんの言葉にアユさんは「えー」と声を上げ、しょんぼりと眉を下げた。
「洸平くん、目つけてたのになぁ。中学ハンド部だったんでしょ? 日焼けしてて筋肉質でさ。なんか野生の魅力って感じ。バレー部では異色の存在でステキって思ってたのに」
 アヤナさんは笑ってアユさんの肩をたたいた。
「ほら、すぐそういう話になる。ほんとアユは男子に対してアグレッシブなんだから」

 私は困って「そんなんじゃないですから……」と言うばかりだったけど、本音では鼻が高くてうれしかった。洸平の言ってる「タイプの子」は、やっぱり私のことだったんだ。

 そして、ちょっと恥ずかしかった。アユさんの言う洸平の野生的な雰囲気には、私だけが気づいていたつもりだったから。
 そんな洸平が私だけに優しい言葉をかけてくれることに、いつもすごくドキドキしていたから。


 それから2、3か月たった頃。「あのこと」が起こった。
 帰り道に洸平が言い出した話が、きっかけだった。

「俺、クイックやってみたくて」
「クイック?」
 クイックとは、セッターが上げた低いトスを、短い助走と軽いジャンプで打つ攻撃。
 1、2、3のタイミングで打つ普通のオープン攻撃とはちがって、守備する方もタイミングをつかみづらくて効果的だ。

「先輩がさ、お前の助走はクイックみたいだな、向いてるんじゃない? って」
「――え?」
 思わず、低い声が出てしまった。自分でも「こわい」と思うような。
 いいね、なんてノリよく言えたらよかったのかもしれない。でも、子どもの頃からクラブチームで厳しく教えられた私には、そんなことを言うのは信じられなかった。
「やめたほうがいいと思う」

 今度は洸平が「え?」という番だった。
 なんで「いいね」と応援してくれないんだろう、そう思っているにちがいなかった。洸平が小さく息を吸うのが、隣から聞こえた。
「ハンドで身についたタイミングがあるからさ――それを生かしたいっていうか。欠点を生かす、じゃないけどさ」
「バレーは、バレーだよ」
 さえぎるように、私は言った。

 私がクラブチームでクイックの練習をはじめるまでに、いったいどれくらいかかったと思ってるんだろう。
 基本のスパイクを頑張って練習して、上級生よりずっと先に上手く打てるようになった。だけど上下関係が厳しくて、クイックや応用的な攻撃の練習をはじめると、先輩たちに「下級生のくせに」とひそひそ言われた。今思うと、嫉妬されていたにちがいない。
 チームに入って何年もたって、一番上の学年になってようやく、誰にも気がねせず思いきり練習できるようになったのだ。なのに洸平は、バレーをはじめて数か月しかたたないのに、こんなお気楽なことを言っている。

「甘いって言われるかも、しれないけど」
 洸平は小さな声でつぶやいた。私は何も答えなかった。
 そこからは、二人黙って歩いた。駅まで道がどれくらいあって、どうやって歩いたのかよく思い出せない。

 それ以来、洸平が帰りに私を待っていることも、一緒に帰ることもなくなった。教室で話すことも、ほとんどなくなった。

 でも洸平がクイックの練習をはじめたのは、それからまもなくだった。ふと男子コートの練習をながめたとき、センターから短い助走でクイックを打っている洸平を見て、私は驚いた。
「洸平くん、クイック打ってるじゃん」
「うまいねー。合ってるんじゃない?」
 先輩たちがささやき合う。誰も、嫉妬して邪魔したりなんてしない。

 そこが、この東高校バレー部のいいところなのだ。そんな自由な雰囲気に憧れて、入ったのに。

 石川先生の話を聞いてからずっと、1年生のこのときのことを繰り返し思い出す。
 あのとき私が受け止められなかった洸平の思いを、芽衣が受け止めたんだろうか。
 それで、洸平は芽衣を好きになったんだろうか。