「昼休みのこと、ちょっと心配で、後つけてた。ごめん。気持ち悪いよな」
「ううん、そんなことないよ」
ぜんぜん気持ち悪くない。むしろ優しい。ずっとこちらから避けていたのに、私達の間に隔たりはなかったかのように声をかけてくれる。整形を勧めてくれた人だとわかっていても、嬉しかった。
「部活じゃないの?」
「休んだ。おれは小嶋さんと話がしたいんだ」
選手宣誓を聞いているようだった。あまりにもきれいな姿勢で言うものだから、思わず笑ってしまった。
「豊山くん、真面目だねえ」
「なんだよ。いまの笑うところじゃないだろ。でもよかった。ずっとしんどそうな顔してたからちょっと安心した」
大壱はスマホを出すと地図アプリを開いた。ゆっくり話ができる場所を探しているらしい。
「改札出てすぐのところにカフェがあるよ」
「駅の近くだと同じ学校の生徒がいないか? ほかの人に聞かれたくない」
「大丈夫。この駅で降りるの私だけだと思う」
高校に入学してからいままで、この駅から通学する生徒を見たことがない。近くに商業施設もなく寄り道にも向かないので、好んで降車する人もいないだろう。
カフェに入り注文をすませると、私は先に口を開いた。本題に入る前にきちんと謝りたかった。
「空き教室に急に行かなくなってごめんね」
「それっておれが整形を話題にしたから? 今日の昼休みもその話をしてたよね」
「豊山くんは悪くない。私の鼻が変だからいけないの。もっと高くて鼻筋がきれいならいいんだけど……」
「いや、ちょっと待って」
大壱はわずかに前のめりになる。
「鼻はおかしくない。むしろ整ってるよ。小嶋さんは小顔のぱっちり二重。ちょこんとした鼻は可愛らしく見えるよ」
「……あ、ありがとう」
まさかの反応に戸惑う。百花から私の鼻は不出来だと落第点を与えられていたから、褒められ慣れていない。頬が熱い。突然炎天下に放り込まれたみたいだ。アイスティーを口に運ぶが、体内にこもった熱はなかなか逃げてくれない。
照れる。でもずっと悩んでいたからようやく救われた。
「豊山くんは私の鼻が変だから整形を勧めてくれたんじゃないの?」
「違うよ。鼻の高さを変える方法ってなんだろうって考えたとき、ぱっと思いついたのが整形だった」
「私、整形をしたほうが良いんだって思い込んでた。今日、昼休みに整形を考えてるって言ったら、一緒にお昼ご飯を食べていた先輩に本気で整形する気ないじゃんって注意されたの。……その通りで言い返せなくて、グループ内でちょっとぎくしゃくしてる。でも、豊山くんは関係ないから。私がいけないんだ」
「小嶋さんは悪くない。原因はおれだよ」
ゼンマイの切れたおもちゃのように頭をかくっと下げてうなだれる。それから整えられた髪を片手でぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「整形ってネガティブな意味もあるのか。よく考えたらそうだよな。話の流れからすると、そう思われるよな」
左肩を前にして座っていたが、突然右肩を前に出す姿勢に変える。それから右耳を指さした。
「実はさ、右耳、整形してるんだ」
「へっ」
突然のカミングアウトに、私は目をぱちぱちとさせる。大壱の人差し指の先にあるのは、どこからどう見てもごく一般的な耳そのもので、整形しているようには見えない。
「わかんないだろ。小耳症と右耳外耳道閉鎖症。右耳は補聴器がないと音をあまり拾えないんだ」
大壱は自身の耳について教えてくれた。
小耳症は耳が小さい、あるいは不形成な状態で産まれる先天性の疾患だ。外耳道閉鎖症は、音の通り道である外耳道がふさがり、難聴の症状が出る。大壱は生まれつき右耳が細く折りたたまれたような形をしており、あるはずの外耳道は骨でふさがっていた。
幸いなことに、鼓膜や内耳に異常はなし。補聴器で補えば外部の音は十分に拾える。左耳の発達は正常だったため、言葉の習得や日常生活に大きな支障はなかった。
「母さんはおれが産まれた瞬間、自分を責めたらしい。どうして健康に産んであげられなかったんだろう、将来はどうなるんだろうって。父さんは心配性で、右耳の形が原因でいじめられるんじゃないかって、いつも怖い顔をしてた。いろいろ心配されたけど、耳を理由にいやがらせを受けたことはなかった。友達がみんないいやつで、本当に恵まれたよ」
「それは豊山くんが良い人だからだよ。話しやすくて優しいもん」
「そうかな。ありがと」
にかっと白い歯を見せて笑う。明るく振る舞っているが、右耳の聞こえに悩まされたときもあったと思う。そのつらさを感じさせない力強さを感じた。
続けて大壱は整形手術までの経緯を語った。生後三ヶ月で大学病院にデビューして脳波の測定、三歳のときに初めて受けた防音室での聴力検査。検査の記憶は薄っすらとしか残っていないが、わけのわからないことを求められて困惑した覚えはある。右耳の経過を診るために何度も病院へ足を運んだが、特に大変だったのは、右耳を作る手術だという。
手術は二回受けた。胸から骨の一部分を取り出して耳の形を作り、右耳へ埋め込む。その後に耳全体を持ち上げて立体的に整えるらしい。
「手術、こわくなかった?」
「こわいし、いやだった。でも耳がないとマスクやメガネができないし、なにより親が見た目を気にしていたから受けた。手術後は痛かったし、入院中はやることがなくてきつかった。でも、整形してよかったよ。親の表情が変わった。ほっとしたんだろうな」
手術後の経過は順調で、いまも大きな問題はないそうだ。右耳用の骨伝導補聴器があるものの、普段の生活は左耳がカバーしてくれるため、あまり装着しないらしい。左肩が前になるのは音を拾うための癖だった。
「整形外科の先生も看護師も、補聴器のメンテナンスをしてくれる人も、みんな優しかった。整形にはポジティブな印象しかないから、まさか小嶋さんを悩ませることになるとは思わなかった。だからおれがいけないんだ」
太陽に向かって伸びるヒマワリのような大壱が、何度も自身を責めるような言葉を口にしている。
申し訳ないことをした。もともとは私がいけないのだ。身だしなみチェックは止めて欲しいと言えばよかった。ハイライトは買わないと断っていれば、昼休みに整形を口にしなかったかもしれない。
百花を前にすると唇が震える。言った後を考えると、どうしても言えない。喉元に手をかけられているような現実は私の弱さが招いた。
「違う。私が百花ちゃんやグループからきらわれるのが怖くて、思っていることを言わないからだめなの。言おうと思ったことはあるよ。でもきらわれたら私は居場所がなくなる。学校へ行けなくなったら親が心配するし、成績や進学への影響も気になる。いろいろ考えて、だまっていることにしたの。……自分のために」
制服の裾をきゅっとつかむ。
注意をして百花が傷つくから言わないのではなく、学校で私の立場が危うくなるから言えない。自己中だなと思う。
私の本音を、大壱は生徒の話に頷く先生のように聞いていた。
「小嶋さんってすごいな。ちゃんと先のこと考えて行動してるんだ」
「そうでもない。自分優先だよ」
「その先に起こるリスクを見極めて友達と上手く付き合おうとしてる。おれにはできない。やっぱりすごいよ。でもさ、小嶋さんと棚橋さんってキャラが違うじゃん。小嶋さんなら内田さんや深水さんと合いそうなのに、そっちとはしゃべらないよね。やっぱり棚橋さんと一緒にいるメリットがあるってこと?」
メリットはある。でもそれ以上に。
「百花ちゃんは友達だから一緒にいるの」
二年生に進級したときにクラス替えがあり、私は仲の良い友達と離れた。
それでも誰かと親しくなれるだろうと思っていたが、現実は甘くない。始業式が終わった直後からすでにグループができあがっていた。人間関係作りに出遅れた私は、クラス替え初日から一人ぼっちになってしまった。
自分の席で時間が過ぎるのを待つしかない私に声をかけてくれたのが百花だ。百花はいつだって話しかけてくれた。休み時間、次の授業へ移動するとき、授業中のちょっとした待機時間。寂しさを感じる前に、百花が笑顔で来てくれる。嬉しかった。
私達が友達になるのに時間はかからなかった。百花の近くは太陽の光をめいっぱい吸い込んだ毛布に守られているような温かさがある。だから電車で身だしなみチェックを始めても受け流した。「よくないよ」とは言えない自身の都合もあったが、人間誰しも良し悪しがあるから、見ないふりをして付き合うのも友達の在り方だと思っていた。
ハイライトを差し出されたときから、受け流して笑うのはきつくなった。電車での行いも見逃す苦しさが伴い始めた。久しぶりに教室で弁当を広げたときの、三城の隣で笑う姿は知らない人みたいで、いまでは以前の関係に戻る難しさを感じている。
出会ったときのように笑い合いたい。そのための方法がわからない。
「友達なら、思っていることをちゃんと言ってもいいと思うよ」
袋小路に迷い込んだ私に、大壱は穏やかに言う。誰かの寄る辺となる灯台の明かりのように。
「友達ならちゃんと聞いてくれるはずだ。おれも小嶋さんのことを友達だと思ってるからこうして話してるわけだし」
「でも、きらわれたら、私」
「おれがいるよ」
思わず目を細めた。大壱の言葉は翼みたいだ。立ち止まる私を導くかのように、風を受けて飛んでいく。
「きらわれて困ったら近くにおいでよ。おれ、小嶋さんと話すの楽しいから好きだよ」
好きって言った。そういう意味じゃないのはわかっているけど、心臓が跳ねる。
「私も楽しいよ。でも、女子と男子が一緒にいたら噂になる」
「ならない」
「豊山くんが変な目で見られるかも」
「ない。もちろん小嶋さんも見られないよ」
「なんで」
「そういうキャラなの、おれは。だから安心して避難場所にしていいんだよ」
私は首を横に振った。
「避難場所にはしない。豊山くんは場所じゃない。友達だから……助けてって言う」
「わかった。おれは小嶋さんを助ける。なら友達として正直に答えて。小嶋さんは整形をしたいの?」
そもそも私は鼻にコンプレックスはない。容姿の整った人を見ると「羨ましいな」と感じるときもあるけど、それだけだ。特別美人になりたいわけでもない。
それでも昼休みに整形を口にしたのは、ほんの一瞬だけれど考えてしまったからだ。ハイライトを話題にされるくらいなら、整形をしたほうがましかもしれない。客観的に見て鼻の形がおかしいのなら整形が正解だと思ってしまった。でも、大壱に私の鼻は変ではないと言ってもらえた。それで答えが出た。
整形は新しい自分と出会い、幸せになるための手段の一つ。大壱が骨から耳を作って両親が安心したように、見た目の変化で心が救われて、容姿に自信が持てるようになるなら整形をする意味があるはずだ。
私はそうじゃない。整形を逃げ道にはしたくないと思った。
「整形はしない」
「じゃあ棚橋さんに伝えよう」
大壱が小指を差し出した。日に焼けた関節が目立つ力強い指だ。私は白くて細い小指を絡ませた。
「がんばる。上手く言えないかもしれないけど、それでも」
「うん。結果がどうなってもおれは小嶋さんの友達だからね」
背中を守ってもらえなければ動けない私はやっぱり弱虫だと思う。友達と上手くいかないと落ち込み、励まされて前へ進む。独りよがりかもしれないけれど、それでも私は友達を大切にしたい。
言いたいことをがまんするのは自分を守るためでもあるし、友達を失いたくないからでもある。友達とは仲良くしたい。笑っていたい。そのために言わなきゃいけないときもあるんだ。
百花は友達だ。
こわいけど伝えなくちゃ。
「ううん、そんなことないよ」
ぜんぜん気持ち悪くない。むしろ優しい。ずっとこちらから避けていたのに、私達の間に隔たりはなかったかのように声をかけてくれる。整形を勧めてくれた人だとわかっていても、嬉しかった。
「部活じゃないの?」
「休んだ。おれは小嶋さんと話がしたいんだ」
選手宣誓を聞いているようだった。あまりにもきれいな姿勢で言うものだから、思わず笑ってしまった。
「豊山くん、真面目だねえ」
「なんだよ。いまの笑うところじゃないだろ。でもよかった。ずっとしんどそうな顔してたからちょっと安心した」
大壱はスマホを出すと地図アプリを開いた。ゆっくり話ができる場所を探しているらしい。
「改札出てすぐのところにカフェがあるよ」
「駅の近くだと同じ学校の生徒がいないか? ほかの人に聞かれたくない」
「大丈夫。この駅で降りるの私だけだと思う」
高校に入学してからいままで、この駅から通学する生徒を見たことがない。近くに商業施設もなく寄り道にも向かないので、好んで降車する人もいないだろう。
カフェに入り注文をすませると、私は先に口を開いた。本題に入る前にきちんと謝りたかった。
「空き教室に急に行かなくなってごめんね」
「それっておれが整形を話題にしたから? 今日の昼休みもその話をしてたよね」
「豊山くんは悪くない。私の鼻が変だからいけないの。もっと高くて鼻筋がきれいならいいんだけど……」
「いや、ちょっと待って」
大壱はわずかに前のめりになる。
「鼻はおかしくない。むしろ整ってるよ。小嶋さんは小顔のぱっちり二重。ちょこんとした鼻は可愛らしく見えるよ」
「……あ、ありがとう」
まさかの反応に戸惑う。百花から私の鼻は不出来だと落第点を与えられていたから、褒められ慣れていない。頬が熱い。突然炎天下に放り込まれたみたいだ。アイスティーを口に運ぶが、体内にこもった熱はなかなか逃げてくれない。
照れる。でもずっと悩んでいたからようやく救われた。
「豊山くんは私の鼻が変だから整形を勧めてくれたんじゃないの?」
「違うよ。鼻の高さを変える方法ってなんだろうって考えたとき、ぱっと思いついたのが整形だった」
「私、整形をしたほうが良いんだって思い込んでた。今日、昼休みに整形を考えてるって言ったら、一緒にお昼ご飯を食べていた先輩に本気で整形する気ないじゃんって注意されたの。……その通りで言い返せなくて、グループ内でちょっとぎくしゃくしてる。でも、豊山くんは関係ないから。私がいけないんだ」
「小嶋さんは悪くない。原因はおれだよ」
ゼンマイの切れたおもちゃのように頭をかくっと下げてうなだれる。それから整えられた髪を片手でぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「整形ってネガティブな意味もあるのか。よく考えたらそうだよな。話の流れからすると、そう思われるよな」
左肩を前にして座っていたが、突然右肩を前に出す姿勢に変える。それから右耳を指さした。
「実はさ、右耳、整形してるんだ」
「へっ」
突然のカミングアウトに、私は目をぱちぱちとさせる。大壱の人差し指の先にあるのは、どこからどう見てもごく一般的な耳そのもので、整形しているようには見えない。
「わかんないだろ。小耳症と右耳外耳道閉鎖症。右耳は補聴器がないと音をあまり拾えないんだ」
大壱は自身の耳について教えてくれた。
小耳症は耳が小さい、あるいは不形成な状態で産まれる先天性の疾患だ。外耳道閉鎖症は、音の通り道である外耳道がふさがり、難聴の症状が出る。大壱は生まれつき右耳が細く折りたたまれたような形をしており、あるはずの外耳道は骨でふさがっていた。
幸いなことに、鼓膜や内耳に異常はなし。補聴器で補えば外部の音は十分に拾える。左耳の発達は正常だったため、言葉の習得や日常生活に大きな支障はなかった。
「母さんはおれが産まれた瞬間、自分を責めたらしい。どうして健康に産んであげられなかったんだろう、将来はどうなるんだろうって。父さんは心配性で、右耳の形が原因でいじめられるんじゃないかって、いつも怖い顔をしてた。いろいろ心配されたけど、耳を理由にいやがらせを受けたことはなかった。友達がみんないいやつで、本当に恵まれたよ」
「それは豊山くんが良い人だからだよ。話しやすくて優しいもん」
「そうかな。ありがと」
にかっと白い歯を見せて笑う。明るく振る舞っているが、右耳の聞こえに悩まされたときもあったと思う。そのつらさを感じさせない力強さを感じた。
続けて大壱は整形手術までの経緯を語った。生後三ヶ月で大学病院にデビューして脳波の測定、三歳のときに初めて受けた防音室での聴力検査。検査の記憶は薄っすらとしか残っていないが、わけのわからないことを求められて困惑した覚えはある。右耳の経過を診るために何度も病院へ足を運んだが、特に大変だったのは、右耳を作る手術だという。
手術は二回受けた。胸から骨の一部分を取り出して耳の形を作り、右耳へ埋め込む。その後に耳全体を持ち上げて立体的に整えるらしい。
「手術、こわくなかった?」
「こわいし、いやだった。でも耳がないとマスクやメガネができないし、なにより親が見た目を気にしていたから受けた。手術後は痛かったし、入院中はやることがなくてきつかった。でも、整形してよかったよ。親の表情が変わった。ほっとしたんだろうな」
手術後の経過は順調で、いまも大きな問題はないそうだ。右耳用の骨伝導補聴器があるものの、普段の生活は左耳がカバーしてくれるため、あまり装着しないらしい。左肩が前になるのは音を拾うための癖だった。
「整形外科の先生も看護師も、補聴器のメンテナンスをしてくれる人も、みんな優しかった。整形にはポジティブな印象しかないから、まさか小嶋さんを悩ませることになるとは思わなかった。だからおれがいけないんだ」
太陽に向かって伸びるヒマワリのような大壱が、何度も自身を責めるような言葉を口にしている。
申し訳ないことをした。もともとは私がいけないのだ。身だしなみチェックは止めて欲しいと言えばよかった。ハイライトは買わないと断っていれば、昼休みに整形を口にしなかったかもしれない。
百花を前にすると唇が震える。言った後を考えると、どうしても言えない。喉元に手をかけられているような現実は私の弱さが招いた。
「違う。私が百花ちゃんやグループからきらわれるのが怖くて、思っていることを言わないからだめなの。言おうと思ったことはあるよ。でもきらわれたら私は居場所がなくなる。学校へ行けなくなったら親が心配するし、成績や進学への影響も気になる。いろいろ考えて、だまっていることにしたの。……自分のために」
制服の裾をきゅっとつかむ。
注意をして百花が傷つくから言わないのではなく、学校で私の立場が危うくなるから言えない。自己中だなと思う。
私の本音を、大壱は生徒の話に頷く先生のように聞いていた。
「小嶋さんってすごいな。ちゃんと先のこと考えて行動してるんだ」
「そうでもない。自分優先だよ」
「その先に起こるリスクを見極めて友達と上手く付き合おうとしてる。おれにはできない。やっぱりすごいよ。でもさ、小嶋さんと棚橋さんってキャラが違うじゃん。小嶋さんなら内田さんや深水さんと合いそうなのに、そっちとはしゃべらないよね。やっぱり棚橋さんと一緒にいるメリットがあるってこと?」
メリットはある。でもそれ以上に。
「百花ちゃんは友達だから一緒にいるの」
二年生に進級したときにクラス替えがあり、私は仲の良い友達と離れた。
それでも誰かと親しくなれるだろうと思っていたが、現実は甘くない。始業式が終わった直後からすでにグループができあがっていた。人間関係作りに出遅れた私は、クラス替え初日から一人ぼっちになってしまった。
自分の席で時間が過ぎるのを待つしかない私に声をかけてくれたのが百花だ。百花はいつだって話しかけてくれた。休み時間、次の授業へ移動するとき、授業中のちょっとした待機時間。寂しさを感じる前に、百花が笑顔で来てくれる。嬉しかった。
私達が友達になるのに時間はかからなかった。百花の近くは太陽の光をめいっぱい吸い込んだ毛布に守られているような温かさがある。だから電車で身だしなみチェックを始めても受け流した。「よくないよ」とは言えない自身の都合もあったが、人間誰しも良し悪しがあるから、見ないふりをして付き合うのも友達の在り方だと思っていた。
ハイライトを差し出されたときから、受け流して笑うのはきつくなった。電車での行いも見逃す苦しさが伴い始めた。久しぶりに教室で弁当を広げたときの、三城の隣で笑う姿は知らない人みたいで、いまでは以前の関係に戻る難しさを感じている。
出会ったときのように笑い合いたい。そのための方法がわからない。
「友達なら、思っていることをちゃんと言ってもいいと思うよ」
袋小路に迷い込んだ私に、大壱は穏やかに言う。誰かの寄る辺となる灯台の明かりのように。
「友達ならちゃんと聞いてくれるはずだ。おれも小嶋さんのことを友達だと思ってるからこうして話してるわけだし」
「でも、きらわれたら、私」
「おれがいるよ」
思わず目を細めた。大壱の言葉は翼みたいだ。立ち止まる私を導くかのように、風を受けて飛んでいく。
「きらわれて困ったら近くにおいでよ。おれ、小嶋さんと話すの楽しいから好きだよ」
好きって言った。そういう意味じゃないのはわかっているけど、心臓が跳ねる。
「私も楽しいよ。でも、女子と男子が一緒にいたら噂になる」
「ならない」
「豊山くんが変な目で見られるかも」
「ない。もちろん小嶋さんも見られないよ」
「なんで」
「そういうキャラなの、おれは。だから安心して避難場所にしていいんだよ」
私は首を横に振った。
「避難場所にはしない。豊山くんは場所じゃない。友達だから……助けてって言う」
「わかった。おれは小嶋さんを助ける。なら友達として正直に答えて。小嶋さんは整形をしたいの?」
そもそも私は鼻にコンプレックスはない。容姿の整った人を見ると「羨ましいな」と感じるときもあるけど、それだけだ。特別美人になりたいわけでもない。
それでも昼休みに整形を口にしたのは、ほんの一瞬だけれど考えてしまったからだ。ハイライトを話題にされるくらいなら、整形をしたほうがましかもしれない。客観的に見て鼻の形がおかしいのなら整形が正解だと思ってしまった。でも、大壱に私の鼻は変ではないと言ってもらえた。それで答えが出た。
整形は新しい自分と出会い、幸せになるための手段の一つ。大壱が骨から耳を作って両親が安心したように、見た目の変化で心が救われて、容姿に自信が持てるようになるなら整形をする意味があるはずだ。
私はそうじゃない。整形を逃げ道にはしたくないと思った。
「整形はしない」
「じゃあ棚橋さんに伝えよう」
大壱が小指を差し出した。日に焼けた関節が目立つ力強い指だ。私は白くて細い小指を絡ませた。
「がんばる。上手く言えないかもしれないけど、それでも」
「うん。結果がどうなってもおれは小嶋さんの友達だからね」
背中を守ってもらえなければ動けない私はやっぱり弱虫だと思う。友達と上手くいかないと落ち込み、励まされて前へ進む。独りよがりかもしれないけれど、それでも私は友達を大切にしたい。
言いたいことをがまんするのは自分を守るためでもあるし、友達を失いたくないからでもある。友達とは仲良くしたい。笑っていたい。そのために言わなきゃいけないときもあるんだ。
百花は友達だ。
こわいけど伝えなくちゃ。

