§
週が明けても、素野とは普通に話した。
「これ、返却処理お願い」
「了解」
「こっちは私戻してくるね」
「じゃあ俺、雑誌やっとくわ」
「ありがと」
図書委員の仕事中。
素野とは普通に喋るし、目が合わないと言う事もなかった。
休みの日、なんとなく嫌なムードのまま別れてしまったから気まずくて口を利けない事も考えたが、拍子抜けするほど普通だった。
「・・・・・・・・・・・・」
返却処理を終え、俺は隣を見る。
素野は黙ってパソコンの画面を眺めていた。
以前なら、この辺りでどうでもいい話が始まっていた気がする。
週末に変な看板を見つけただとか。
知らない店に入ったら店主に一時間捕まっただとか。
道端で猫と目が合ったから勝手に勝負して負けたとか。
内容なんて、本当にどうでもいい。
だから俺も、わざわざ話題を振ることはなかった。
静かな方が仕事は捗る。
振り回されることもない。
この方が楽なはずだ。
「・・・・・・・・・・・・なあ」
気づけば声を出していた。
「昨日・・・・・・散歩した?」
「したよ」
「どこ行った?」
「川沿いをずっと歩いてた」
「なんかあった?」
「別に。普通だったよ」
「そっか」
「うん」
そこで会話が終わった。
俺は画面に視線を戻す。
なんだこれ。
自分から聞いておいて、会話が続かないと妙に落ち着かない。
前なら素野の方から、聞いてもいないことまで勝手に話していたのに。
しばらくして、図書委員の終了時間になった。
片付けを済ませ、二人で図書室を出る。
昇降口まで一緒に歩き、靴を履き替えた。
「じゃ、お疲れ」
「あぁ、お疲れ」
素野はそう言うと、駅の方へ歩いていった。
俺はその背中を見る。
知らない道へ曲がることもなく。俺を散歩に誘うこともなく。
真っ直ぐに。
「・・・・・・・・・・・・」
その方が楽だ。
そう思っていたはずなのに。
§
「昨日の試合見た?」
翌日の昼休み。
相原が弁当を広げながら聞いてきた。
「見た」
「九回ヤバかったよな」
「二点差で四球出した瞬間、嫌な予感したわ」
「分かる。あそこで代えた方が良かったと思わない?」
「いや、俺は続投でいいと思う。前の回十球しか投げてなかったし」
「あー、でも左続いてたじゃん」
「そこはあるけど、その程度で代えるなら最初から継投しとけよと」
いつもの会話。
相原とは話が早い。
野球のことなら前提から説明する必要もないし、選手の名前を出せば大体通じる。
相原がなにを言いたいのかも分かる。
俺がなにを言えば伝わるのかも分かる。
やっぱり楽だ。
「そういや、あのゲームもうクリアした?」
「あぁ、昨日終わった」
「マジ? ラスボスどうだった?」
「第二形態がダルかった」
「あれな! 攻撃範囲おかしいだろ」
「初見殺しすぎるよな」
「あれ自力で気づくの無理だって」
「分かるわ」
相原とはやっぱり、話が合う。こいつの話をなら何度も「分かる」と返せる。なのに。
「・・・・・・・・・・・・」
ふと、少し離れた席を見る。
素野が友達と話していた。
なにを話しているのかまでは聞こえない。
ただ、なにかを身振り手振りで説明して、友達が笑っている。
相変わらず楽しそうだ。
「どうした?」
「ん?」
「いや、そっち見てたから」
「別に」
俺は弁当に視線を戻した。
「で、なんの話だっけ」
「ラスボス戦が理不尽過ぎって」
相原との話題はいくらでもある。
話が途切れても、また別の共通点を引っ張り出せばいい。
俺の思っていた通りだ、共通点が多い相手ほど、話は早いし自然と会話も弾む。
でも、素野と話していた時みたいに、
「それ、どういう意味?」
と聞く事はない。
「なんでそんな事するんだよ」
と呆れる事もない。
大体分かってしまうから、知らない事を聞く必要がない。それは確かに楽だった。
ただ、楽なのと楽しいのは、同じなんだろうか。
そんな事を考えてしまった。
§
その日の五限は数学だった。
「じゃあ次、126と210の最大公約数」
教師が黒板に二つの数字を書く。
前の席から順番に当てられていき、俺はぼんやりとノートに数字を書き写した。
126と210。
どちらも2で割れる。
3でも割れる。
7でも割れる。
共通して持っている数を探し、一番大きなものを残す。
「42」
誰かが答える。
「正解」
教師が黒板に答えを書き込んだ。
最大公約数。
小学生の頃から何度も聞いた言葉なのに、なぜか今日は妙に引っかかった。
二つの数字に共通しているもの。
共通しているものが多いほど、同じ数で何度も割れる。
それって少し、人間関係みたいだなと思う。
趣味。
好きなもの。
考え方。
共通点が多いほど話は早い。
相原とはそうだ、野球もゲームも好きだし、授業への愚痴まで大体同じだ。
話題を探す必要がない。
一方で、素野とは。
「・・・・・・・・・・・・」
少し離れた席を見る。
素野は頬杖をつきながら黒板を眺めていた。
ゲームはしないし、アニメも見ない。
散歩が好き。で、目的もなく歩く。
知らない道があれば入る。予定が崩れても気にしない。自由奔放で、まるで行雲流水を地で行く奴。
俺とはなにもかも違う。
共通しているものを探そうとしても、ほとんど見つからない。
「次。17と30。これ分かる奴?」
教室が少し静かになる。
17は素数。
30は2、3、5で割れる。
17では割れない。
「最大公約数は1だな」
教師が自分で答えを言った。
「こういう、最大公約数が1の2つの整数を互いに素という」
互いに素。
共通する約数が、1しかない。
俺と素野みたいだ。
そう思った瞬間、自分でも少し笑いそうになった。
なにを数学に当てはめてるんだ。でも自然と、その考えは俺にしっくり来ていて、妙に頭から離れなかった。
最大公約数が1。
なにも合わない。
俺たちは互いに素。
だったら、やっぱり相性が悪いって事なのか。
そんな風に結論付けようとして、ふと思う。
それなら、どうしてあんなに話していたんだろう。
どうして散歩について行ったんだろう。
どうして、素野が話しかけてこなくなっただけで、こんなに気になるんだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
ノートに書いた「1」を見つめる。
1しかない。
でも逆に? 1は、ある。
0じゃない。
そこまで考えて、俺はペンを止めた。
「なんだ、それ」
自分でもよく分からない。
ただ、今まで俺は、共通点が多いほど仲良くなれると思っていた。それ自体は、たぶん間違っていない。
相原と話していて楽なのも事実だ。
でも、共通点が少ないから仲良くなれないというのは、本当だろうか?
俺と素野は、なにもかも合わない。でもだからダメだったか?
と、そこでチャイムが鳴った。
「今日はここまで」
教師が教科書を閉じると、教室中で一斉に椅子を引く音が鳴る。
俺もノートを閉じかけて、もう一度だけそこに書かれた数字を見る。
1。
その1つが何なのかは、まだ分からない。
でも、素野との間になにもなかったとは思えなかった。
§
その日の放課後。図書室に入ると、素野はもうカウンターに座っていた。
「よ」
「ん」
いつも通りの返事。
俺も隣に座り、鞄を足元に置く。
その時、素野の鞄についているものが目に入った。
「あ」
「なに?」
「それ、まだ付けてるんだ」
指差した先には、妙に目つきの悪いカエル。
この前、駄菓子屋のガチャガチャで引いたキーホルダーだった。
「うん。付けてるうちに愛着湧いて」
「マジかよ」
「ほら、よく見ると可愛くない?」
「いや、目つき悪いし」
「そこがいいんじゃん」
やっぱり分からない。
でも。
「なんでそこがいいの?」
聞いてから、自分で気づいた。
俺は素野の事になると、自然と質問している。だって、分からないから。
「なんでって言われてもなぁ」
素野はカエルを摘まんで、しばらく眺めた。
「可愛くないところ?」
「余計分からん」
「ちょっとブサイクな方が愛嬌あるじゃん」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「ふーん」
当然、納得はできない。
たぶん俺なら、同じガチャガチャを回してこいつが出てきても鞄にはつけない。てゆうか捨ててるかも。
『知らない事聞けばいいじゃん』
ふと、素野が言った言葉を思い出す。
俺は素野の事がよく分からない。だから、疑問に思うたびに聞いた。
逆に素野も、ゲームの良さが分からないから俺に聞いた。
俺たちはお互いに共通する趣味はないし、お互いの趣味を理解出来なかった事も沢山あるけれど、ただ、お互いに知らないものを知ろうとはしていた。
「・・・・・・あ」
「なに?」
「いや」
もしかして、俺と素野の間にある一つって。
「公野くん?」
「素野」
「ん?」
「この前は、悪かった」
素野が瞬きをする。
「ゲーム屋の時、ちょっと当たりキツかったよな」
「別に気にしてないよ?」
「いや、俺は気にしてる」
「そっか」
「お前が適当だと思ってるのは、今も変わってないけど」
「謝罪の途中で悪口入れる人いる?」
「最後まで聞けって」
「はいはい」
素野が少し笑った。
その笑い方を見たのは、なんだか久しぶりな気がした。
「俺、お前と合わないって言っただろ。それは今でも思ってる」
「謝罪とは」
「最後まで聞いて?」
素野は小さく笑った。
気を取り直して話を続ける。
「お前とは趣味が合わないし、一緒にいたら疲れる時もある」
「うん」
「でも、だから一緒にいてもつまらない、って事じゃない」
素野は口を挟まず、ジッと俺の目を見て話を聞いている。
「この何日か、めっちゃ楽だったんだよ。委員会も静かだし、帰りに変な道連れていかれないし」
「よかったじゃん」
「よかった。でもよくなかった」
そう答えると、素野は思わず吹き出した。
「なにそれ、どっちなの?」
「なんていうか、振り回されないのは楽だけど、でも楽しくはなかった」
口にすると、自分でもようやく腑に落ちた。
相原といるのは楽だし、話も合う。共通点だっていくらでもある。
でも素野といる時は、知らないものが次々出てくる。
なんで散歩が好きなのか。
なんで知らない道に入りたがるのか。
なんで目つきの悪いカエルに愛着が湧くのか。
「俺、お前の事、全然分かんないんだよな。だから、知りたい」
すると素野は瞬きをした後、言葉を失ったように黙ってしまった。俺もなにを言ったのか自覚して図書室の静けさが、急に意識に入ってくる。
「それ、結構恥ずかしいこと言ってない?」
「言ってから思った。忘れて?」
「無理」
素野が楽しそうに笑う。
その顔を見て、俺も少しだけ肩の力が抜けた。
「私も公野くんの事、よく分かんないよ。ゲームで失敗したくないから攻略見るとか、私には全然分かんないし」
「そっちの方が効率いいだろ」
「そういうところとかね。でもだから聞いたんだよ」
その一言で、さっき頭の中に浮かんだものが、ようやく形になった。
俺が素野を知ろうとしていたように。
素野も俺を知ろうとしていたのだ。
俺たちは全然、趣味が合わない。それでも。
「そっか」
「なに?」
「いや、なんでもない」
俺は少しだけ笑ってから、改めて素野に向き直る。
「なあ」
「ん?」
「ゲームショップ・スター。今度こそ行かない?」
素野が少しだけ目を丸くする。
「私と行くの?」
「元はお前が紹介してくれた店だし、前のリベンジも兼ねて」
「また迷うかもしれないよ?」
「大丈夫、地図は俺が見るから」
「途中で寄り道するかも」
「一個までなら」
「もう一声」
「交渉するなよ」
「だって一個じゃ足りないもん」
「じゃあ二個までな」
「さらにオマケでもう一個!」
「ダメ、二個まで」
「分かった、それで手を打とう」
素野がクシャリと無邪気に笑顔を浮かべたので、俺も釣られて笑みが溢れる。
俺たちは、きっと互いに素だ。
どれだけ探しても、共通するものはほとんど見つからない。
それでも、最大公約数は1。
なにもない訳じゃない。たった一つでも残っているなら、それで十分なのかもしれない。
週が明けても、素野とは普通に話した。
「これ、返却処理お願い」
「了解」
「こっちは私戻してくるね」
「じゃあ俺、雑誌やっとくわ」
「ありがと」
図書委員の仕事中。
素野とは普通に喋るし、目が合わないと言う事もなかった。
休みの日、なんとなく嫌なムードのまま別れてしまったから気まずくて口を利けない事も考えたが、拍子抜けするほど普通だった。
「・・・・・・・・・・・・」
返却処理を終え、俺は隣を見る。
素野は黙ってパソコンの画面を眺めていた。
以前なら、この辺りでどうでもいい話が始まっていた気がする。
週末に変な看板を見つけただとか。
知らない店に入ったら店主に一時間捕まっただとか。
道端で猫と目が合ったから勝手に勝負して負けたとか。
内容なんて、本当にどうでもいい。
だから俺も、わざわざ話題を振ることはなかった。
静かな方が仕事は捗る。
振り回されることもない。
この方が楽なはずだ。
「・・・・・・・・・・・・なあ」
気づけば声を出していた。
「昨日・・・・・・散歩した?」
「したよ」
「どこ行った?」
「川沿いをずっと歩いてた」
「なんかあった?」
「別に。普通だったよ」
「そっか」
「うん」
そこで会話が終わった。
俺は画面に視線を戻す。
なんだこれ。
自分から聞いておいて、会話が続かないと妙に落ち着かない。
前なら素野の方から、聞いてもいないことまで勝手に話していたのに。
しばらくして、図書委員の終了時間になった。
片付けを済ませ、二人で図書室を出る。
昇降口まで一緒に歩き、靴を履き替えた。
「じゃ、お疲れ」
「あぁ、お疲れ」
素野はそう言うと、駅の方へ歩いていった。
俺はその背中を見る。
知らない道へ曲がることもなく。俺を散歩に誘うこともなく。
真っ直ぐに。
「・・・・・・・・・・・・」
その方が楽だ。
そう思っていたはずなのに。
§
「昨日の試合見た?」
翌日の昼休み。
相原が弁当を広げながら聞いてきた。
「見た」
「九回ヤバかったよな」
「二点差で四球出した瞬間、嫌な予感したわ」
「分かる。あそこで代えた方が良かったと思わない?」
「いや、俺は続投でいいと思う。前の回十球しか投げてなかったし」
「あー、でも左続いてたじゃん」
「そこはあるけど、その程度で代えるなら最初から継投しとけよと」
いつもの会話。
相原とは話が早い。
野球のことなら前提から説明する必要もないし、選手の名前を出せば大体通じる。
相原がなにを言いたいのかも分かる。
俺がなにを言えば伝わるのかも分かる。
やっぱり楽だ。
「そういや、あのゲームもうクリアした?」
「あぁ、昨日終わった」
「マジ? ラスボスどうだった?」
「第二形態がダルかった」
「あれな! 攻撃範囲おかしいだろ」
「初見殺しすぎるよな」
「あれ自力で気づくの無理だって」
「分かるわ」
相原とはやっぱり、話が合う。こいつの話をなら何度も「分かる」と返せる。なのに。
「・・・・・・・・・・・・」
ふと、少し離れた席を見る。
素野が友達と話していた。
なにを話しているのかまでは聞こえない。
ただ、なにかを身振り手振りで説明して、友達が笑っている。
相変わらず楽しそうだ。
「どうした?」
「ん?」
「いや、そっち見てたから」
「別に」
俺は弁当に視線を戻した。
「で、なんの話だっけ」
「ラスボス戦が理不尽過ぎって」
相原との話題はいくらでもある。
話が途切れても、また別の共通点を引っ張り出せばいい。
俺の思っていた通りだ、共通点が多い相手ほど、話は早いし自然と会話も弾む。
でも、素野と話していた時みたいに、
「それ、どういう意味?」
と聞く事はない。
「なんでそんな事するんだよ」
と呆れる事もない。
大体分かってしまうから、知らない事を聞く必要がない。それは確かに楽だった。
ただ、楽なのと楽しいのは、同じなんだろうか。
そんな事を考えてしまった。
§
その日の五限は数学だった。
「じゃあ次、126と210の最大公約数」
教師が黒板に二つの数字を書く。
前の席から順番に当てられていき、俺はぼんやりとノートに数字を書き写した。
126と210。
どちらも2で割れる。
3でも割れる。
7でも割れる。
共通して持っている数を探し、一番大きなものを残す。
「42」
誰かが答える。
「正解」
教師が黒板に答えを書き込んだ。
最大公約数。
小学生の頃から何度も聞いた言葉なのに、なぜか今日は妙に引っかかった。
二つの数字に共通しているもの。
共通しているものが多いほど、同じ数で何度も割れる。
それって少し、人間関係みたいだなと思う。
趣味。
好きなもの。
考え方。
共通点が多いほど話は早い。
相原とはそうだ、野球もゲームも好きだし、授業への愚痴まで大体同じだ。
話題を探す必要がない。
一方で、素野とは。
「・・・・・・・・・・・・」
少し離れた席を見る。
素野は頬杖をつきながら黒板を眺めていた。
ゲームはしないし、アニメも見ない。
散歩が好き。で、目的もなく歩く。
知らない道があれば入る。予定が崩れても気にしない。自由奔放で、まるで行雲流水を地で行く奴。
俺とはなにもかも違う。
共通しているものを探そうとしても、ほとんど見つからない。
「次。17と30。これ分かる奴?」
教室が少し静かになる。
17は素数。
30は2、3、5で割れる。
17では割れない。
「最大公約数は1だな」
教師が自分で答えを言った。
「こういう、最大公約数が1の2つの整数を互いに素という」
互いに素。
共通する約数が、1しかない。
俺と素野みたいだ。
そう思った瞬間、自分でも少し笑いそうになった。
なにを数学に当てはめてるんだ。でも自然と、その考えは俺にしっくり来ていて、妙に頭から離れなかった。
最大公約数が1。
なにも合わない。
俺たちは互いに素。
だったら、やっぱり相性が悪いって事なのか。
そんな風に結論付けようとして、ふと思う。
それなら、どうしてあんなに話していたんだろう。
どうして散歩について行ったんだろう。
どうして、素野が話しかけてこなくなっただけで、こんなに気になるんだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
ノートに書いた「1」を見つめる。
1しかない。
でも逆に? 1は、ある。
0じゃない。
そこまで考えて、俺はペンを止めた。
「なんだ、それ」
自分でもよく分からない。
ただ、今まで俺は、共通点が多いほど仲良くなれると思っていた。それ自体は、たぶん間違っていない。
相原と話していて楽なのも事実だ。
でも、共通点が少ないから仲良くなれないというのは、本当だろうか?
俺と素野は、なにもかも合わない。でもだからダメだったか?
と、そこでチャイムが鳴った。
「今日はここまで」
教師が教科書を閉じると、教室中で一斉に椅子を引く音が鳴る。
俺もノートを閉じかけて、もう一度だけそこに書かれた数字を見る。
1。
その1つが何なのかは、まだ分からない。
でも、素野との間になにもなかったとは思えなかった。
§
その日の放課後。図書室に入ると、素野はもうカウンターに座っていた。
「よ」
「ん」
いつも通りの返事。
俺も隣に座り、鞄を足元に置く。
その時、素野の鞄についているものが目に入った。
「あ」
「なに?」
「それ、まだ付けてるんだ」
指差した先には、妙に目つきの悪いカエル。
この前、駄菓子屋のガチャガチャで引いたキーホルダーだった。
「うん。付けてるうちに愛着湧いて」
「マジかよ」
「ほら、よく見ると可愛くない?」
「いや、目つき悪いし」
「そこがいいんじゃん」
やっぱり分からない。
でも。
「なんでそこがいいの?」
聞いてから、自分で気づいた。
俺は素野の事になると、自然と質問している。だって、分からないから。
「なんでって言われてもなぁ」
素野はカエルを摘まんで、しばらく眺めた。
「可愛くないところ?」
「余計分からん」
「ちょっとブサイクな方が愛嬌あるじゃん」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「ふーん」
当然、納得はできない。
たぶん俺なら、同じガチャガチャを回してこいつが出てきても鞄にはつけない。てゆうか捨ててるかも。
『知らない事聞けばいいじゃん』
ふと、素野が言った言葉を思い出す。
俺は素野の事がよく分からない。だから、疑問に思うたびに聞いた。
逆に素野も、ゲームの良さが分からないから俺に聞いた。
俺たちはお互いに共通する趣味はないし、お互いの趣味を理解出来なかった事も沢山あるけれど、ただ、お互いに知らないものを知ろうとはしていた。
「・・・・・・あ」
「なに?」
「いや」
もしかして、俺と素野の間にある一つって。
「公野くん?」
「素野」
「ん?」
「この前は、悪かった」
素野が瞬きをする。
「ゲーム屋の時、ちょっと当たりキツかったよな」
「別に気にしてないよ?」
「いや、俺は気にしてる」
「そっか」
「お前が適当だと思ってるのは、今も変わってないけど」
「謝罪の途中で悪口入れる人いる?」
「最後まで聞けって」
「はいはい」
素野が少し笑った。
その笑い方を見たのは、なんだか久しぶりな気がした。
「俺、お前と合わないって言っただろ。それは今でも思ってる」
「謝罪とは」
「最後まで聞いて?」
素野は小さく笑った。
気を取り直して話を続ける。
「お前とは趣味が合わないし、一緒にいたら疲れる時もある」
「うん」
「でも、だから一緒にいてもつまらない、って事じゃない」
素野は口を挟まず、ジッと俺の目を見て話を聞いている。
「この何日か、めっちゃ楽だったんだよ。委員会も静かだし、帰りに変な道連れていかれないし」
「よかったじゃん」
「よかった。でもよくなかった」
そう答えると、素野は思わず吹き出した。
「なにそれ、どっちなの?」
「なんていうか、振り回されないのは楽だけど、でも楽しくはなかった」
口にすると、自分でもようやく腑に落ちた。
相原といるのは楽だし、話も合う。共通点だっていくらでもある。
でも素野といる時は、知らないものが次々出てくる。
なんで散歩が好きなのか。
なんで知らない道に入りたがるのか。
なんで目つきの悪いカエルに愛着が湧くのか。
「俺、お前の事、全然分かんないんだよな。だから、知りたい」
すると素野は瞬きをした後、言葉を失ったように黙ってしまった。俺もなにを言ったのか自覚して図書室の静けさが、急に意識に入ってくる。
「それ、結構恥ずかしいこと言ってない?」
「言ってから思った。忘れて?」
「無理」
素野が楽しそうに笑う。
その顔を見て、俺も少しだけ肩の力が抜けた。
「私も公野くんの事、よく分かんないよ。ゲームで失敗したくないから攻略見るとか、私には全然分かんないし」
「そっちの方が効率いいだろ」
「そういうところとかね。でもだから聞いたんだよ」
その一言で、さっき頭の中に浮かんだものが、ようやく形になった。
俺が素野を知ろうとしていたように。
素野も俺を知ろうとしていたのだ。
俺たちは全然、趣味が合わない。それでも。
「そっか」
「なに?」
「いや、なんでもない」
俺は少しだけ笑ってから、改めて素野に向き直る。
「なあ」
「ん?」
「ゲームショップ・スター。今度こそ行かない?」
素野が少しだけ目を丸くする。
「私と行くの?」
「元はお前が紹介してくれた店だし、前のリベンジも兼ねて」
「また迷うかもしれないよ?」
「大丈夫、地図は俺が見るから」
「途中で寄り道するかも」
「一個までなら」
「もう一声」
「交渉するなよ」
「だって一個じゃ足りないもん」
「じゃあ二個までな」
「さらにオマケでもう一個!」
「ダメ、二個まで」
「分かった、それで手を打とう」
素野がクシャリと無邪気に笑顔を浮かべたので、俺も釣られて笑みが溢れる。
俺たちは、きっと互いに素だ。
どれだけ探しても、共通するものはほとんど見つからない。
それでも、最大公約数は1。
なにもない訳じゃない。たった一つでも残っているなら、それで十分なのかもしれない。

