§
「最近、素野さんと仲いいよな」
昼休み、向かいで弁当を食べていた相原が唐突に言った。
「そうか?」
「この前、一緒に帰ってたじゃん」
「見てたのかよ」
「たまたま。で、どうなの?」
「なにが?」
「素野さん」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「別になにもねぇよ」
「本当に?」
「そもそも俺と素野、全然合わないからな」
「そうなの?」
「趣味も違うし、性格も違うし、考え方も結構違う」
「でも仲いいじゃん」
「まあ・・・・・・話すのは楽しいけど」
「じゃあいいじゃん」
「なにがだよ」
相原は「別にー」と笑いながら唐揚げを頬張った。
俺も弁当に視線を戻す。
話すのは楽しい。そこは否定しない。
でも、合うか合わないかと聞かれれば、やっぱり合わない。
素野と話すようになってから、その事実はより強く感じるようになっていた。
§
その週の土曜日。
俺は素野と駅前で待ち合わせていた。
きっかけは昨日の放課後だった。
『この前散歩してたら、レトロゲーム置いてるお店見つけたよ』
店の名前は『ゲームショップ・スター』。
中古ゲームや昔のゲーム機を扱っているらしく、それを聞いた俺が興味を示すと、
『じゃあ明日行ってみる?』
とフットワークの軽い誘いが来た。
俺は好奇心に誘われてそれに乗じた。
「お待たせー」
声がしたので振り返ると、素野が小走りでやって来た。
「五分遅刻」
「細かいなぁ。そこは『ごめん待った?』『いや、俺も今来たところ』って定番のやりとりするとこでしょ?」
「いや、遅れてきたのは事実だから」
「五分くらい誤差だよ。沖縄だったらむしろ早いくらい」
「ここは沖縄じゃないから」
「もう、釣れないなぁ」
まるで悪びれた様子もなく素野は笑う。
まあ、俺も別に気にしてない。これがいつもの俺たちのやりとりだ。
「で、その店どっち?」
「こっちだよ」
そう言って素野は歩き出す。
いや、目的地がどこにあるのか俺は知らないので、本当に向かっているのかは素野を信じるしかない。
油断すればすぐに知らない道へ入っていく奴だ。若干不安ではある。
駅前の大通りを抜け、住宅街へ入る。
「結構遠い?」
「二十分くらいかな」
「ふーん」
しばらく歩いたところで、素野が足を止めた。
「あれ?」
「どうした?」
「こっちだったかな」
「知らねぇよ」
「前は向こうから来たんだよね」
素野がスマホを取り出し、地図を開く。
「あ、一本向こうだ」
「最初から見ろよ」
「だいたい分かってたから」
「分かってなかっただろ」
「まあまあ」
なんて適当な奴なんだ。
俺は呆れて溜息を吐き、一本隣の道へ向かう。
その途中で、今度は素野が古びた駄菓子屋の前で足を止めた。
「こんなところにポツンと駄菓子屋」
「ゲーム屋行くんじゃないの?」
「見て、このガチャガチャ。めっちゃ古くない? 持ち手が銀だ」
色褪せた筐体の中には、何年前のものか分からないキーホルダーが並んでいた。
「一回やろうかな」
「百円無駄にするぞ」
「てゆうか百円! 昔のガチャガチャ安い」
「まあ、確かに」
っと、つい俺も感心してしまった。
「よーし、当たり引くぞー」
「当たりなんてあるのか?」
素野が百円玉を入れ、ハンドルを回す。
出てきたのは、妙に目つきの悪いカエルのキーホルダーだった。
「可愛くない」
「無駄金だったな」
「でもこれはこれで味あるよ」
「ポジティブ!」
素野はカエルを鞄につけながら満足そうに笑う。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
再びゲーム屋へ向かう。
少し歩いたところで、素野が横道を見て足を止めた。
「あ、こっちから行った方が近いかも。たぶん向こうの道に繋がってる」
「地図は?」
「この辺の感じだといけそう」
「感じで道決めるなよ。お前すぐ変なとこ行くんだから」
「ショートカットできたら早いじゃん。さっきのロスタイムを取り返そうよ」
「お前、こういう時だけ効率求めるんだな」
「臨機応変と言ってほしいね」
「軸がブレてんだよ」
「大丈夫大丈夫」
「その言葉、ぜんっぜん信用ならねぇ」
そう言いながらも、素野はもう横道へ入っているので仕方なく俺も後を追った。
細い路地を進み、角を一つ曲がる。
「本当に合ってる?」
「合ってる合ってる」
「地図見ろよ」
「もうちょっと行けば分かるって」
さらに角を曲がる。そして。
「・・・・・・行き止まりじゃん」
「ですな」
「お前なぁ」
目の前には住宅の塀が立ちはだかっていた。
「でも一つ道を知れたね」
「ゲーム屋から遠ざかっただけだろ」
「人生、回り道も必要だよ」
「さっきのロスタイムを取り返すんじゃなかったのかよ」
「臨機応変にいこう」
マジでいっぺんその言葉、辞書引いて調べてこい。
という訳で、来た道を戻る。
「もう地図通り行くぞ」
「はーい」
「次勝手に曲がったら置いてくからな」
「それは寂しいよぅ」
その言い方もどこまで本気なのか分からない。
今度は俺も素野のスマホを横から覗き込みながら道を確認し、そのまま歩く。
そして数分後。
「あった!」
素野が前方を指差したのは、古い雑居ビルの一階。
色褪せた看板には、確かに『ゲームショップ・スター』と書かれている。
「ここここ」
「へぇ」
外からでも昔のゲームソフトが並んでいる棚が見えるかと思ったが、店先まで近づいて俺は足を止めた。
シャッターが閉まっている。
「・・・・・・休みじゃん」
「あれ?」
シャッターの横に、小さな営業時間の札が貼られていた。
俺はそこを読む。
「土曜定休って書いてあるぞ」
「本当だ」
「知らなかったの?」
「営業日までは見てなかった」
「いや、調べてこいよ。今日ここ来るって決めてたんだからそれくらいしとけよ」
「だって、土曜日だし開いてると思って」
「そうかもしれないけどさぁ」
俺が恨み節を溢すと、素野は閉じたシャッターを見て、あっさり肩を竦めた。
「じゃあ、また来ればいいじゃん」
その言い方に、少し引っかかった。
「・・・・・・またって。今日ここ来るために来たんだけど」
「うん。でも休みなら仕方なくない?」
「仕方ないけど、先に調べとけば分かっただろ」
「そんな怒る事?」
「怒ってるっていうか・・・・・・」
言葉に詰まる。
五分遅れてきた事。
道を一本間違えた事。
途中でガチャガチャをした事。
ショートカットしようとして行き止まりにぶつかった事。
一つひとつは別に大した事じゃない。
俺だってガチャガチャは少し面白かったし、道を間違えた時だって笑って流していた。
ただ、最後に店まで休みとなると、妙に引っかかった。
「お前って、こういうところ適当だよな」
「そう?」
「この前の散歩もそうだけど。行き当たりばったりっていうか」
「それのなにが駄目なの?」
「駄目って言ってる訳じゃないけど」
「じゃあいいじゃん」
「よくはないだろ。今日は店行くのが目的だったんだし」
「でも途中の駄菓子屋も面白かったじゃん」
「それとこれは別だろ」
素野が黙る。
俺も口を閉じた。
店が休みだっただけ。
本来なら、こんな空気になるような事じゃない。
それなのに、一度引っかかると今まで気にならなかった事まで頭に浮かんでくる。
知らない道に平気で入る。
時間を決めても気にしない。
目的地がなくても構わない。
失敗しても「また」で済ませる。
俺とは、なにもかも違う。
「・・・・・・やっぱ俺たち、合わないよな」
気づけば、そう口にしていた。
素野がこちらを見る。
「そうだね」
あっさりした返事だった。
それなのに、なぜか少しだけ胸に引っかかった。
「公野くん、私といると疲れる?」
「え?」
「私、結構適当だし。公野くん、そういうの嫌いでしょ?」
「嫌いっていうか・・・・・・」
すぐに否定しようとして、やめた。
楽しいのは本当だ。
でも、振り回されていると思う事もある。
「・・・・・・たまに」
俺は、ついそう溢してしまった。
すると素野は一瞬だけ黙った。
「そっか」
それだけ言って、笑った。
いつもの軽い笑い方だった。
「じゃあ、今日は帰ろっか」
それだけ。
素野はそう言って駅へ向かって歩き出す。
帰り道、素野は一度も立ち止まらなかった。
変なものを見つけても、知らない道があっても、なにも言わない。
その方が俺には楽な筈なのに。
なぜか、いつもより帰り道が長く感じた。
「最近、素野さんと仲いいよな」
昼休み、向かいで弁当を食べていた相原が唐突に言った。
「そうか?」
「この前、一緒に帰ってたじゃん」
「見てたのかよ」
「たまたま。で、どうなの?」
「なにが?」
「素野さん」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「別になにもねぇよ」
「本当に?」
「そもそも俺と素野、全然合わないからな」
「そうなの?」
「趣味も違うし、性格も違うし、考え方も結構違う」
「でも仲いいじゃん」
「まあ・・・・・・話すのは楽しいけど」
「じゃあいいじゃん」
「なにがだよ」
相原は「別にー」と笑いながら唐揚げを頬張った。
俺も弁当に視線を戻す。
話すのは楽しい。そこは否定しない。
でも、合うか合わないかと聞かれれば、やっぱり合わない。
素野と話すようになってから、その事実はより強く感じるようになっていた。
§
その週の土曜日。
俺は素野と駅前で待ち合わせていた。
きっかけは昨日の放課後だった。
『この前散歩してたら、レトロゲーム置いてるお店見つけたよ』
店の名前は『ゲームショップ・スター』。
中古ゲームや昔のゲーム機を扱っているらしく、それを聞いた俺が興味を示すと、
『じゃあ明日行ってみる?』
とフットワークの軽い誘いが来た。
俺は好奇心に誘われてそれに乗じた。
「お待たせー」
声がしたので振り返ると、素野が小走りでやって来た。
「五分遅刻」
「細かいなぁ。そこは『ごめん待った?』『いや、俺も今来たところ』って定番のやりとりするとこでしょ?」
「いや、遅れてきたのは事実だから」
「五分くらい誤差だよ。沖縄だったらむしろ早いくらい」
「ここは沖縄じゃないから」
「もう、釣れないなぁ」
まるで悪びれた様子もなく素野は笑う。
まあ、俺も別に気にしてない。これがいつもの俺たちのやりとりだ。
「で、その店どっち?」
「こっちだよ」
そう言って素野は歩き出す。
いや、目的地がどこにあるのか俺は知らないので、本当に向かっているのかは素野を信じるしかない。
油断すればすぐに知らない道へ入っていく奴だ。若干不安ではある。
駅前の大通りを抜け、住宅街へ入る。
「結構遠い?」
「二十分くらいかな」
「ふーん」
しばらく歩いたところで、素野が足を止めた。
「あれ?」
「どうした?」
「こっちだったかな」
「知らねぇよ」
「前は向こうから来たんだよね」
素野がスマホを取り出し、地図を開く。
「あ、一本向こうだ」
「最初から見ろよ」
「だいたい分かってたから」
「分かってなかっただろ」
「まあまあ」
なんて適当な奴なんだ。
俺は呆れて溜息を吐き、一本隣の道へ向かう。
その途中で、今度は素野が古びた駄菓子屋の前で足を止めた。
「こんなところにポツンと駄菓子屋」
「ゲーム屋行くんじゃないの?」
「見て、このガチャガチャ。めっちゃ古くない? 持ち手が銀だ」
色褪せた筐体の中には、何年前のものか分からないキーホルダーが並んでいた。
「一回やろうかな」
「百円無駄にするぞ」
「てゆうか百円! 昔のガチャガチャ安い」
「まあ、確かに」
っと、つい俺も感心してしまった。
「よーし、当たり引くぞー」
「当たりなんてあるのか?」
素野が百円玉を入れ、ハンドルを回す。
出てきたのは、妙に目つきの悪いカエルのキーホルダーだった。
「可愛くない」
「無駄金だったな」
「でもこれはこれで味あるよ」
「ポジティブ!」
素野はカエルを鞄につけながら満足そうに笑う。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
再びゲーム屋へ向かう。
少し歩いたところで、素野が横道を見て足を止めた。
「あ、こっちから行った方が近いかも。たぶん向こうの道に繋がってる」
「地図は?」
「この辺の感じだといけそう」
「感じで道決めるなよ。お前すぐ変なとこ行くんだから」
「ショートカットできたら早いじゃん。さっきのロスタイムを取り返そうよ」
「お前、こういう時だけ効率求めるんだな」
「臨機応変と言ってほしいね」
「軸がブレてんだよ」
「大丈夫大丈夫」
「その言葉、ぜんっぜん信用ならねぇ」
そう言いながらも、素野はもう横道へ入っているので仕方なく俺も後を追った。
細い路地を進み、角を一つ曲がる。
「本当に合ってる?」
「合ってる合ってる」
「地図見ろよ」
「もうちょっと行けば分かるって」
さらに角を曲がる。そして。
「・・・・・・行き止まりじゃん」
「ですな」
「お前なぁ」
目の前には住宅の塀が立ちはだかっていた。
「でも一つ道を知れたね」
「ゲーム屋から遠ざかっただけだろ」
「人生、回り道も必要だよ」
「さっきのロスタイムを取り返すんじゃなかったのかよ」
「臨機応変にいこう」
マジでいっぺんその言葉、辞書引いて調べてこい。
という訳で、来た道を戻る。
「もう地図通り行くぞ」
「はーい」
「次勝手に曲がったら置いてくからな」
「それは寂しいよぅ」
その言い方もどこまで本気なのか分からない。
今度は俺も素野のスマホを横から覗き込みながら道を確認し、そのまま歩く。
そして数分後。
「あった!」
素野が前方を指差したのは、古い雑居ビルの一階。
色褪せた看板には、確かに『ゲームショップ・スター』と書かれている。
「ここここ」
「へぇ」
外からでも昔のゲームソフトが並んでいる棚が見えるかと思ったが、店先まで近づいて俺は足を止めた。
シャッターが閉まっている。
「・・・・・・休みじゃん」
「あれ?」
シャッターの横に、小さな営業時間の札が貼られていた。
俺はそこを読む。
「土曜定休って書いてあるぞ」
「本当だ」
「知らなかったの?」
「営業日までは見てなかった」
「いや、調べてこいよ。今日ここ来るって決めてたんだからそれくらいしとけよ」
「だって、土曜日だし開いてると思って」
「そうかもしれないけどさぁ」
俺が恨み節を溢すと、素野は閉じたシャッターを見て、あっさり肩を竦めた。
「じゃあ、また来ればいいじゃん」
その言い方に、少し引っかかった。
「・・・・・・またって。今日ここ来るために来たんだけど」
「うん。でも休みなら仕方なくない?」
「仕方ないけど、先に調べとけば分かっただろ」
「そんな怒る事?」
「怒ってるっていうか・・・・・・」
言葉に詰まる。
五分遅れてきた事。
道を一本間違えた事。
途中でガチャガチャをした事。
ショートカットしようとして行き止まりにぶつかった事。
一つひとつは別に大した事じゃない。
俺だってガチャガチャは少し面白かったし、道を間違えた時だって笑って流していた。
ただ、最後に店まで休みとなると、妙に引っかかった。
「お前って、こういうところ適当だよな」
「そう?」
「この前の散歩もそうだけど。行き当たりばったりっていうか」
「それのなにが駄目なの?」
「駄目って言ってる訳じゃないけど」
「じゃあいいじゃん」
「よくはないだろ。今日は店行くのが目的だったんだし」
「でも途中の駄菓子屋も面白かったじゃん」
「それとこれは別だろ」
素野が黙る。
俺も口を閉じた。
店が休みだっただけ。
本来なら、こんな空気になるような事じゃない。
それなのに、一度引っかかると今まで気にならなかった事まで頭に浮かんでくる。
知らない道に平気で入る。
時間を決めても気にしない。
目的地がなくても構わない。
失敗しても「また」で済ませる。
俺とは、なにもかも違う。
「・・・・・・やっぱ俺たち、合わないよな」
気づけば、そう口にしていた。
素野がこちらを見る。
「そうだね」
あっさりした返事だった。
それなのに、なぜか少しだけ胸に引っかかった。
「公野くん、私といると疲れる?」
「え?」
「私、結構適当だし。公野くん、そういうの嫌いでしょ?」
「嫌いっていうか・・・・・・」
すぐに否定しようとして、やめた。
楽しいのは本当だ。
でも、振り回されていると思う事もある。
「・・・・・・たまに」
俺は、ついそう溢してしまった。
すると素野は一瞬だけ黙った。
「そっか」
それだけ言って、笑った。
いつもの軽い笑い方だった。
「じゃあ、今日は帰ろっか」
それだけ。
素野はそう言って駅へ向かって歩き出す。
帰り道、素野は一度も立ち止まらなかった。
変なものを見つけても、知らない道があっても、なにも言わない。
その方が俺には楽な筈なのに。
なぜか、いつもより帰り道が長く感じた。

