最大公約数



 人と仲良くなるのに必要なのは、たぶん共通点だ。
 少なくとも俺はそう思ってる。
 好きなものが同じなら話は早い。嫌いなものが同じならもっと早い。
 趣味、部活、音楽、漫画、食べ物。なんでもいい、二人の間に同じものが一つ見つかるたびに一歩、二歩と距離が縮まり、いつしかそれは「知り合い」から「友達」に変わっていく。
 だから俺は人と話す時、自然と共通点を探している。

「なぁ、昨日の試合見た?」

 昼休み、弁当を食べていると隣の席に座る相原が話題を振った。

「見た。九回、惜しかったよな」
「まさか守護神が打たれるなんてな」
「でも、ベテランだしな」
「やっぱり若くて球の速い奴がいいんだよ、九回は」
「まぁ、そう言うなよ。岩崎も頑張ってるだろ」

 すると相原は「だけどよー」と不服そうにしながら唐揚げを一つ頬張った。
 野球の話。ドラマ、アニメ、退屈な授業への愚痴、数学教師の妙に長い雑談、昼休み開始三分で購買に行列ができる事。

 俺と相原には、話せる事がいくらでもある。
 親友と呼ぶほど大袈裟な関係ではないけれど、話していて話題に困る事がない。話題が途切れれば別の共通点を引っ張り出せばいい。
 同じものを持っている者同士ほど、話が早い。人間関係って、思ってるよりも単純かもしれない。

「そういや今日、委員会だっけ?」
 相原が思い出したように聞いた。
「あぁ、図書委員な。面倒くせぇ」
「そういうや誰と一緒なの?」
「素野」
「へぇ、いいじゃん」
「なにが?」
「素野さん、可愛いよね」
「別に浮ついた事なんて全くないぞ」
「これを機に仲良くなったら?」
「なったらって言われてもなぁ」

 素野結衣。
 同じクラスになりたての頃は挨拶するくらいの関係だったが、図書員で一緒になってからは必要な時に話しかける事は増えた。でも雑談みたいに意味もなく話しかける事はない。
 別に仲が悪いとか、話しかけづらい雰囲気であるとかはない。ただ、話しかけるほどじゃないというだけで。

「可愛い子には声を掛けよ」
「いや、上手くねぇよ。ただのナンパだろ」
「公野こそ、たまには浮ついた話聞かせてくれよ」
「自分が彼女できたからって」
「いいぞ、彼女は」
「継原とお前がまさかな」
 そんな他愛もない話をしている内に、昼休みは終わった。


§


 そして放課後、俺は図書室へと向かった。扉を開けて中に入ると、静まり返った室内に一人、カウンターで席に着く素野の姿を見つけた。

「よ」
「ん」

 カウンターに通りかかる際に軽く声を掛けると、素野は少しだけ顔を上げて小さく返事をした。
 俺はカバンを置き、素野の隣に腰掛ける。素野はとくに反応もなく、起動したパソコンをいじっていた。
 図書室に来てまずする事は本の返却手続きだ。素野は一足先に来て、その用意をしてくれている。

 ふと何気なく俺は辺りを見渡すと、そこには誰もいない。静まり返った室内にマウスのクリック音がカチカチと響いた。
 なんとなく、この状況を意識している自分がいた。
 そんな風に思うのは、きっと昼休みに相原と図書委員の事で話したからだ。

『へぇ、いいじゃん』『素野さん、可愛いよね』
 相原のからかい混じりの笑い声が頭の中で響く。
 別に、素野とはそんな間柄じゃない。ただの図書委員だ。
 現に、俺たちの間に流れる沈黙は、相原といる時よりもずっと長い。

 でも、本人を前にしてそんな事を考えるのも失礼かなと思い、俺は返却ボックスに目をやると、そこには文庫本が四冊と、分厚いハードカバー三冊、雑誌が二冊置かれていた。

「結構多いな」
「そうだね」
「二人で手分けするか」
「賛成ー」

 素野は軽い調子で答えながら、返却ボックスの本を一つひとつバーコードを通していき、返却処理を済ませていく。それらを所定の位置に戻していく。

「なぁ、『ニーチェの言葉』ってどこだっけ? 文学の棚?」
「ニーチェなら哲学でしょ? たぶん」
「たぶんかよ」
「てか、背表紙見ればいいじゃん。ほら、百番台。やっぱ哲学だよ」
「あ、本当だ。てか、最初から見ろよって話だな」
「本当それなー」

 そう言って素野は軽く笑う。
 和やかな空気が漂い、俺は話ついでに話題を振る。

「そういや、素野って本とか読むの?」
「漫画はカウントしていい?」
「それで大体察したわ」
「そういう公野くんはどうなの?」
「・・・・・・俺もあんまり」
「私たち、なんで図書委員してるんだろうね」
「ジャンケンで負けたから」
「身も蓋もないね」

 また素野が笑うので、今度は俺も釣られて笑う。
 少し和やかな雰囲気が漂い、その場ついでに聞いてみる。

「素野ってさ、普段なにしてんの?」
「私? 散歩とか」
「散歩? 楽しいの?」
「知らない土地を探索するのは楽しいよ」
「ふーん。結構歩くの?」
「二時間とか」
「結構歩くな。俺ならゲームしてるわ」
「へぇ、ゲームが趣味なんだ」
「うん。素野はしない?」
「しないね」
「じゃあ漫画は?」
「あんまり」
「アニメは」
「見ないかな」
「・・・・・・・・・・・・じゃあ、音楽は?」

「聴くよ」

 ようやく一つ見つかった。

「なに聴く?」

「その時によるかな。最近はインディーズバンドとか」

「あー、俺そっちは全然分かんないわ」

「公野くんは?」

「邦ロック。あとゲームのサントラとか」

「ゲームの音楽って、ゲームしてなくても聴くの?」

「普通に聴くぞ。むしろ曲だけでもいいの結構あるし」

「へぇー」

 興味があるのかないのか分からない返事をしながら、素野は文庫本を抱えて哲学の棚へ向かっていく。

 俺も残った本を何冊か持ち、そのあとを追った。

 散歩はしない。ゲームもしない。漫画も読まない。アニメも見ない。音楽も被らない。

 ここまで来ると、逆に何なら合うのか気になってくる。

「好きな食べ物は?」

 本を棚へ戻しながら聞くと、素野が振り返った。

「急にどうしたの?」

「いや、なんとなく」

「んー、辛いものかな」

「俺、辛いの苦手。じゃあ嫌いな食べ物は?」

「トマト」

「俺好きだわ」

「全然合わないね、私たち」

 素野はそう言って笑った。


「・・・・・・本当にないな、共通点」

「探してたの?」

「まあ」

「なんで?」

「話しやすいだろ。同じ趣味とかあった方が」

「そう? てゆうか、そんな事考えてたんだ」

「や、別に下心があるとかではないんだけど」

「私もそんな風には捉えてなかったよ。でもそんな風に弁明すると怪しいね」

 そう言って素野はニヤリと笑うので、俺は「違うから」と適当にあしらう。

「別に、違ってても話せるくない?」

 と、素野は切り替えてそんな事を言う。

「話せるけど、話題なくならない?」

「知らない事聞けばいいじゃん」

 あっさりと言って、素野はまた棚へ視線を戻した。

 それだけの言葉なのに、俺はなぜか返事に詰まった。

 知らないことを聞けばいい。

 確かにそう言われればそうなのだが、それでは会話のきっかけがない。

 共通点があるから、「それ俺も好き」と言えるし、そこから話を広げられる訳で。なにも知らなければ、どこから話せばいいのかも分からない。

「じゃあ散歩って、なにが楽しいんだよ」

「なに急に」

「知らない事聞けばいいんだろ?」

「そうだね」

 素野は納得したように笑った。

「なんだろ、目的なく歩くのが好きなのかも」

「二時間も?」

「うん。曲がったことない道とか見つけると、とりあえず入ってみる」

「迷わないか? それ」

「迷うよ。でもそれも含めて楽しいの。知らない道から知ってる場所に出た時、ちょっと嬉しくない?」

「分からん」

「じゃあ今度やってみたら?」

「嫌だよ。二時間あるならゲームする」

「えー、つまんなーい」

「散歩の方が楽しむのむずいわ」

 意見は一つも一致していない。

 それなのに、不思議と会話は続いた。

 その後も本を戻しながら、俺は素野の散歩についていくつか聞いた。

 川沿いを歩いた事、知らない神社を見つけた事、住宅街の奥に、小さなパン屋があった事。

 素野はそれを見つけるたびに小さな感動を覚えたみたいだが、俺にはイマイチその良さが分からない。

 でも、話を聞くのは意外と退屈じゃなかった。

「この前は野良猫の後をついて行ったら、空き地で猫の集団が井戸端会議してたよ」

「なんで猫についていくんだよ」

「そこに猫がいたから」

「登山家みたいな事を言うな」

「でもそうだもん」

 素野は笑いながらそう言った。

 俺だったら絶対にしない。

 目的もなく歩いて、知らない道に入って、猫についていって迷子になる。

 なに一つ理解できない。でも、

「他には?」

 気づけば、俺の方から続きを聞いていた。

「なに、興味あるじゃん」

「いや、ちょっとだけ」

「じゃあ教えない」

「なんだよそれ」

「公野くんも散歩したら分かるよ」

「だからしないって」

 そんな事を話しているうちに、返却ボックスに積まれていた本はいつの間にかなくなっていた。

 カウンターへ戻る途中、俺はふと思う。

 結局、素野との共通点は一つも見つからなかった。なのに、さっきまでよりは少しだけ、素野結衣という人間を知った気がする。

 それが妙に不思議だった。