ソファの上で、浅い眠りの中を行ったり来たりして、いつの間にか空は明るくなって朝になった。
永遠に感じられた夜も、必ず終わりが来て過去になる。
もはやすべて夢で見た出来事で、あまりにリアルだから僕自身が寝た気になれていないだけなんじゃないか。なんてことを考えても、自分の髪から香る甘い煙草の匂いと、横倒しになったSGを見つけると、やっぱり夢なんかじゃなくて、ちゃんと過去になった出来事なんだと思うことができた。
ほんの小さな光の粒が握った手の中に確かにある気がして、そのあたたかさに胸の真ん中が愛おしくなった。
地面に転がったままのスマホを拾って画面を開くと、何件もの通知が溜まっていてすべて晴哉からのものだった。
昨日の夜はずっと夢中で、家に帰ってからもその衝動のままギター引っ張り出して掻き鳴らし続けた。おかげで指先が赤く腫れている。
再びスマホを閉じて、新しいシャツをかけてあったハンガーからとると浴室に向かった。
重い体に反してふわふわと浮くような気持ちのまま教室に入ると、いつもの教室なのに入り込む光が眩しくて燦々と輝いて見えた。
「三月!」
教室内に晴也の姿を探そうと目を配ったのと同時に後ろからタイミングよく晴哉の声がした。声色からして機嫌が良くないらしい。
愁が昨日煽ったから。
「お前ほんとなんでスマホ見ないんだよ、昨日あれからどこ行って──」
「まあまあまあ、怒らない怒らない。母ちゃんかお前は」
声をあげながら大股で距離を詰めてくる晴哉の前に予想外の横槍が入った。多分晴哉と仲がいいクラスメイトの1人だ。
名前は、覚えていない。
「みっつん大変ねえ」
「みっつん……」
聞き慣れない呼び名に思わず繰り返してしまった。
「そう、みっつん。いいっしょ」
「どうでもいいわ、涼は向こう行って」
「えぇっ、晴哉の方がどうでもいいよ。みっつん俺と話そ」
「えっと……」
晴哉を押しのけて僕に興味津々な『涼』と呼ばれる彼に、肩を抱かれる。
「みっつん昨日転校生と一緒に市内の方行ってたっしょ」
「うん……」
転校生という言葉に、少し身構える。
またあの噂話か。
「いやあ、晴哉が振られてておもろいのなんの、同じ電車に乗ったんだよね俺。そしたら、みっつん。……いいね」
「……へ?」
「みっつん髪で前髪隠れてるし、ちょっとミステリアスだし、晴哉は過保護だからどんなキャラかと思えば、あんな楽しそうな顔しちゃって、かわいーとこあんじゃん」
バシッバシッと肩を強く叩かれて、その度ブレザーの肩パッドが変形して潰れる。
陽キャ。
晴哉とは違う存在がお日様みたいな陽キャだ。
「転校生とみっつん絶対交わらなさそうなのになー」
「涼」
「みっつんがあんなに楽しそうにしてるなら、転校生……愁くんだっけ? 俺に紹介してよ気になるわ〜。フツーにいいやつそうだったし」
ひとりでマシンガントークをかます涼に、ついに晴哉は呆れて押し黙ってしまった。
言いたい事の1ミリも言わせて貰えない晴哉がもはや不憫に思えてくるほどに。
ちょうどHR開始のチャイムが鳴って、廊下も教室内も、みんな一斉に席に戻っていく。
それに従って、僕も席に着くのに晴哉の横を通ろうと一歩踏み出した瞬間、咄嗟に二の腕を引かれて引き止められた。
「……三月」
「はいはい、もういいから席に戻ろうか」
半ば強引に僕から引き離された晴哉は不服そうに席に戻って行った。涼もその後をついて行くのかと思えば、あ、と思い出したように僕の傍まで戻ってきて、何かを僕の手に握らせて耳打ちされた。
「みっつん煙草の匂いバレてるから、これあとで付けときね〜」
「……!」
手の中には小さいサイズの香水のような瓶。
爽やかなウッディ系の香りがほのかにした。
煙草の匂い。
朝シャワーを浴びたのに。そう思ったけれど、ブレザーから微かに愁が吸っていた煙草の匂いがした。
永遠に感じられた夜も、必ず終わりが来て過去になる。
もはやすべて夢で見た出来事で、あまりにリアルだから僕自身が寝た気になれていないだけなんじゃないか。なんてことを考えても、自分の髪から香る甘い煙草の匂いと、横倒しになったSGを見つけると、やっぱり夢なんかじゃなくて、ちゃんと過去になった出来事なんだと思うことができた。
ほんの小さな光の粒が握った手の中に確かにある気がして、そのあたたかさに胸の真ん中が愛おしくなった。
地面に転がったままのスマホを拾って画面を開くと、何件もの通知が溜まっていてすべて晴哉からのものだった。
昨日の夜はずっと夢中で、家に帰ってからもその衝動のままギター引っ張り出して掻き鳴らし続けた。おかげで指先が赤く腫れている。
再びスマホを閉じて、新しいシャツをかけてあったハンガーからとると浴室に向かった。
重い体に反してふわふわと浮くような気持ちのまま教室に入ると、いつもの教室なのに入り込む光が眩しくて燦々と輝いて見えた。
「三月!」
教室内に晴也の姿を探そうと目を配ったのと同時に後ろからタイミングよく晴哉の声がした。声色からして機嫌が良くないらしい。
愁が昨日煽ったから。
「お前ほんとなんでスマホ見ないんだよ、昨日あれからどこ行って──」
「まあまあまあ、怒らない怒らない。母ちゃんかお前は」
声をあげながら大股で距離を詰めてくる晴哉の前に予想外の横槍が入った。多分晴哉と仲がいいクラスメイトの1人だ。
名前は、覚えていない。
「みっつん大変ねえ」
「みっつん……」
聞き慣れない呼び名に思わず繰り返してしまった。
「そう、みっつん。いいっしょ」
「どうでもいいわ、涼は向こう行って」
「えぇっ、晴哉の方がどうでもいいよ。みっつん俺と話そ」
「えっと……」
晴哉を押しのけて僕に興味津々な『涼』と呼ばれる彼に、肩を抱かれる。
「みっつん昨日転校生と一緒に市内の方行ってたっしょ」
「うん……」
転校生という言葉に、少し身構える。
またあの噂話か。
「いやあ、晴哉が振られてておもろいのなんの、同じ電車に乗ったんだよね俺。そしたら、みっつん。……いいね」
「……へ?」
「みっつん髪で前髪隠れてるし、ちょっとミステリアスだし、晴哉は過保護だからどんなキャラかと思えば、あんな楽しそうな顔しちゃって、かわいーとこあんじゃん」
バシッバシッと肩を強く叩かれて、その度ブレザーの肩パッドが変形して潰れる。
陽キャ。
晴哉とは違う存在がお日様みたいな陽キャだ。
「転校生とみっつん絶対交わらなさそうなのになー」
「涼」
「みっつんがあんなに楽しそうにしてるなら、転校生……愁くんだっけ? 俺に紹介してよ気になるわ〜。フツーにいいやつそうだったし」
ひとりでマシンガントークをかます涼に、ついに晴哉は呆れて押し黙ってしまった。
言いたい事の1ミリも言わせて貰えない晴哉がもはや不憫に思えてくるほどに。
ちょうどHR開始のチャイムが鳴って、廊下も教室内も、みんな一斉に席に戻っていく。
それに従って、僕も席に着くのに晴哉の横を通ろうと一歩踏み出した瞬間、咄嗟に二の腕を引かれて引き止められた。
「……三月」
「はいはい、もういいから席に戻ろうか」
半ば強引に僕から引き離された晴哉は不服そうに席に戻って行った。涼もその後をついて行くのかと思えば、あ、と思い出したように僕の傍まで戻ってきて、何かを僕の手に握らせて耳打ちされた。
「みっつん煙草の匂いバレてるから、これあとで付けときね〜」
「……!」
手の中には小さいサイズの香水のような瓶。
爽やかなウッディ系の香りがほのかにした。
煙草の匂い。
朝シャワーを浴びたのに。そう思ったけれど、ブレザーから微かに愁が吸っていた煙草の匂いがした。
