麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋

 十五年前、冷たくなりかけていた少年の手を握りしめた時の、あの感覚が不意に凛子の脳裏をよぎる。
 まさか、この人……!
 顔を見ても正直あのときのお兄さんだとはわからない。
 だが、この霊力は間違いない。
 生きていてくれて嬉しいけれど、あの時のお兄さんがこんなに怖い軍人になるなんて!
 
「放してください!」
「嫌だと言ったら?」
「子どもみたいなこと言わないでください!」
 男性は凛子の手首を掴んだまま強引に歩き出す。
 店を出ると、そこにはすでに豪奢な黒塗りの車が待機していた。
 
「烏丸邸へ迎え」
「ハッ!」
 凛子は半ば担ぎ込まれるように車へと押し込まれ、パタンとドアが閉められる。
 やがて車は帝都の中心街を抜け、広大な敷地を囲むレンガ造りの高い塀に沿って走り、重厚な鉄門を潜り抜けた。
 
 手入れの行き届いた日本庭園、ハイカラな赤レンガ造りの大邸宅。
 とんでもなくお金持ち!
 
「お帰りなさいませ、悠一朗様」
 出迎えたのは、白髪の老執事と、数人の女中たち。
 老執事は後部座席から降りてきた凛子を一目見ると、丸眼鏡の奥の目を大きく見開いた。
 
「吉雄、今日からこの者を専属の護符師としてこの屋敷に置く。名は凛子だ。富士の間を彼女に」
「ふ、富士の間……でございますか? ですがそのお部屋は最上級の……」
「私の命に不服があるのか?」
「い、いえ、滅相もございません。すぐに整えさせます」
 執事の吉雄は急いで女中たちに指示を飛ばす。
 
 富士の間だなんて、名前からして凄そうな部屋だわ。
 富士山がこんなところからでも見えるのかしら。
 
 ……なんて呑気なことを考えていた凛子は、部屋に通された瞬間、目を見開いた。
 洗練された調度品で揃えられた富士が見える豪華すぎる部屋は、このお屋敷の中でかなり良い部屋に違いない。
 執事が驚くはずだ。
 こんなお部屋を私なんかが使っていいはずはない。
 
「あの、私は物置小屋で十分です。こんな立派なお部屋なんて……」 
「ダメだ」
 悠一朗はすっと身をかがめると、凛子の耳元に口を近づけ、周囲には聞こえない低音で囁いた。
 
「我が特務部隊の『命綱』となる護符師だ。粗末に扱って途中で逃げ出されては困る。それに——」
 悠一朗の指先が凛子の手に軽く触れる。
 
「おまえの秘密を暴かねばならない」
 背筋に走るゾクッとした甘い痺れに、凛子は思わず一歩後退った。
 私の正体には気づいていないはず。
 それなのにどうして執着するの……?