「わ、私、もう大丈夫なので自分の部屋に……」
「朝までここで温まった方が……」
「とんでもございません! 悠一朗様のお部屋で女中が一夜を明かすなどあってはなりません」
「……他人の目を気にする余裕はあるようだな」
頑なに拒む凛子に、悠一朗は小さく溜息をつく。
「わかった。だが、自室まで送らせろ」
それだけは譲れないと言いながら悠一朗は自分の外套を凛子の肩へふわりと掛けた。
ほんのり香る軍服の匂いに包まれ、凛子の心臓が跳ね上がる。
断る隙すら与えてもらえないまま、差し伸べられた手を取り、凛子は少しひんやりする廊下に出た。
部屋を出てすぐにあるのは、あの絵。
凛子の視線は、無意識に廊下の壁に飾られた金髪の女性の絵に留まってしまった。
「……気になるか?」
低く穏やかな声で問いかけてきた悠一朗を見上げると、彼は愛おしむような、切ないような瞳で絵を見つめていた。
「この絵は……?」
「15年前、死の淵にあった俺を救ってくれた……命の恩人だ」
「……どうして顔が描かれていないのですか?」
「思い出せないんだ。だが、あの温もりと命の恩だけは、片時も忘れたことはない。俺の心は、ずっとこの方と共にある」
悠一朗様は、ずっと私を想ってくれていたんだ。
でも今の私は、ただの『黒髪の女中』。
悠一朗様が愛しているのは、あの頃の『金の髪の少女』なんだわ。
「……とても、大切にされているのですね。そのお方も、きっと悠一朗様のお幸せを願っていらっしゃいますわ」
切なさに胸がぎゅっと苦しくなる。
いくら悠一朗が誠実な人だといっても、自分の正体を彼に明かすことはできない。
たとえ自分がどれだけ悠一朗に惹かれていても。
この甘くて残酷なすれ違いに、凛子はそっと儚げな笑みを浮かべることしかできなかった。
「……凛子?」
悠一朗の大きな手が、凛子の手首をそっと掴む。
「……いや。なんでもない」
だが、悠一朗はゆっくりと手を離し、何事もなかったかのように歩き始めた。
「朝までここで温まった方が……」
「とんでもございません! 悠一朗様のお部屋で女中が一夜を明かすなどあってはなりません」
「……他人の目を気にする余裕はあるようだな」
頑なに拒む凛子に、悠一朗は小さく溜息をつく。
「わかった。だが、自室まで送らせろ」
それだけは譲れないと言いながら悠一朗は自分の外套を凛子の肩へふわりと掛けた。
ほんのり香る軍服の匂いに包まれ、凛子の心臓が跳ね上がる。
断る隙すら与えてもらえないまま、差し伸べられた手を取り、凛子は少しひんやりする廊下に出た。
部屋を出てすぐにあるのは、あの絵。
凛子の視線は、無意識に廊下の壁に飾られた金髪の女性の絵に留まってしまった。
「……気になるか?」
低く穏やかな声で問いかけてきた悠一朗を見上げると、彼は愛おしむような、切ないような瞳で絵を見つめていた。
「この絵は……?」
「15年前、死の淵にあった俺を救ってくれた……命の恩人だ」
「……どうして顔が描かれていないのですか?」
「思い出せないんだ。だが、あの温もりと命の恩だけは、片時も忘れたことはない。俺の心は、ずっとこの方と共にある」
悠一朗様は、ずっと私を想ってくれていたんだ。
でも今の私は、ただの『黒髪の女中』。
悠一朗様が愛しているのは、あの頃の『金の髪の少女』なんだわ。
「……とても、大切にされているのですね。そのお方も、きっと悠一朗様のお幸せを願っていらっしゃいますわ」
切なさに胸がぎゅっと苦しくなる。
いくら悠一朗が誠実な人だといっても、自分の正体を彼に明かすことはできない。
たとえ自分がどれだけ悠一朗に惹かれていても。
この甘くて残酷なすれ違いに、凛子はそっと儚げな笑みを浮かべることしかできなかった。
「……凛子?」
悠一朗の大きな手が、凛子の手首をそっと掴む。
「……いや。なんでもない」
だが、悠一朗はゆっくりと手を離し、何事もなかったかのように歩き始めた。
