麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 こんな場所、誰も探しに来ないわね。
 悠一朗様は私が逃げたと思われるだろう。
 こんなところに閉じ込められるくらいなら、本当に逃げた方がよかったわ。
 
 扉にもたれかかりながら、凛子は大きな溜息をつくことしかできなかった。
 
    ◇
 
 午後六時。烏丸邸の玄関に軍靴の音が響いた。
 黒い外套を脱ぎながら、悠一朗は周囲を見回す。
 
「……凛子はどうした?」
 出迎えた女中たちの中に、探している黒髪の姿がない。
 いつもなら、控えめながらも真っ直ぐな瞳で「おかえりなさいませ」と迎えてくれるのに。

「それが……夕刻から姿が見えなくなりまして。部屋にもおられないようで……」
 文乃が困惑したように首をかしげる。
 
「いないだと……?」
 悠一朗の顔から一瞬で温度が消えた。
 
 佐伯参謀総長の手下が動き出したのか?
 それとも、彼女が屋敷から逃げ出したのか?
 嫌な予感が胸を衝く。
 
「凛子の足取りを知っている者はいないか?」
 冷徹な威圧に、廊下にいた女中たちがひっと息をのむ。
 その中で一人、ガタガタと震えている女に、悠一朗は鋭い視線を突き刺した。

「おまえ、……何か知っているな?」
「わ、私は……」
 明らかに視線を泳がせる女中を悠一朗は睨みつける。
 
「どこにいる」
「北の……古蔵、です」
 悠一朗は手入れの行き届いていない薄暗い雑木林を駆け抜け、古蔵の前へ。
 
「悠一朗様! 明かりと鍵を……!」
 追いかけて来た老執事の吉雄に構うことなく、悠一朗は愛刀の柄に手をかけた。
 
「凛子、そこにいるのか?」
 中から返事は聞こえない。
 悠一朗は、腕力と霊力を込めた一撃で鉄の錠前を力任せに破砕する。
 
 ようやく追いついた吉雄は、薄明りでもわかるほどしっかりと破壊された錠前に、身をブルッと震わせた。
 
「凛子!」
 暗闇の中で壁にもたれながら小さくなる影に悠一朗は目を見開く。
 吉雄の明かりを頼りに駆け寄った悠一朗は、凛子の細い身体を抱き起こした。
 
「しっかりしろ、凛子!」
「……お兄……」
「……お兄? ……今、なんと言った……?」
 青ざめた唇を震わせ、凛子がうっすらと目を開ける。
 
「悠一朗……様?」
「すまない、俺の不手際だ」
 悠一朗は冷え切った凛子の細い身体を力いっぱい自分の胸へと引き寄せた。
 
「吉雄、すぐに温かい湯と毛布を用意」
「はい、急いで準備致します」
「あの女は牢へ」
「承知いたしました」
 悠一朗は凛子を横抱きに抱え上げると、大股で古蔵を後にした。