麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 烏丸邸の朝は早い。
 ここにきて1週間。凛子はいつものようにお見送りのために玄関に並んでいた。

「凛子」
「は、はい!」
 低く重厚な声が廊下に響き、凛子は背筋をぴんと伸ばす。
 
「書斎と寝室の給仕および清掃は、今後すべておまえが行え」
「……はい?」
 隣にいた女中頭が「まあ」と小さく声を漏らした。
 
「あの、私はまだ新入りですが……」
 主人の寝室や書斎は重要な場所のはず。
 機密書類を扱う軍の隊長の書斎に、入ったばかりの新入り女中が主のいない時間に一人で出入りするなど、前代未聞の特別扱いではないだろうか。
 
「命令だ」
「承知いたしました」
 軍服の上に黒い外套を羽織った悠一朗の広い背中を見送りながら、凛子は小さく溜息をつく。
 
「昨日、書斎の掃除を手伝ってもらったとご報告したのよ」
 たしかに、昨日は女中頭の文乃に教わりながら書斎の掃除をした。
 拭き掃除をして、本を揃えて、換気して。
 
「教わった通りにやっただけ……ですよね?」
「えぇ。でも部屋の空気が清々しくなったと」
 文乃に言われた凛子は首を傾げた。
 まさか樹海の薬草を使ったことがバレたの?
 そんなはずないわよね。ほんの少し使っただけだもの。
 
「私は年齢的に高い場所の掃除が大変だったから、凛子さんが来てくれて助かったわ」
 今日からよろしくねと言われた凛子は目をパチパチさせた。
 
「今まで書斎のお掃除は……」
「私がやっていたのよ。給仕も」
 何度か他の女中にさせてみたことはあったが、悠一朗は何かが気に入らなかったのだと文乃は教えてくれる。
 ここへ来てから毎日、夕食後にコーヒーを運んでいたけれど、あれも珍しかったってこと?