麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

    ◇
 
 夕刻、軍から戻った悠一朗は、頭を軽く押さえながら書斎の扉を開けた。
 あやかしの頻出により、特務部隊の疲労は限界に達している。
 悠一朗自身も、あやかしの毒気と溜まりに溜まった公務のストレスで、頭が割れるような痛みを抱えていた。
 
「悠一朗様。顔色が優れません。早くおやすみになられた方が……」
「大丈夫だ。書類を確認してから……」
 いつものように書斎に足を踏み入れ、机に向かおうとした悠一朗はすぐに異変に気付く。
 
「……っ!?」
 悠一朗は息を呑み、その場に立ち尽くした。

「どうされましたか?」
「吉雄、今日ここの掃除を行ったものは誰だ?」
 頭痛と全身の疲労が、嘘のようにスッと霧散していく。
 帝都の喧騒や排気ガスの匂いなど微塵もなく、まるで静かな森の気配そのもの。

「いつものように文乃が。あ、あと新入りの……」
「凛子か?」
「左様でございます。丁寧な仕事ぶりだったと文乃は言っておりましたが、なにか粗相でも?」
 呼びましょうかと言われた悠一朗は、「いや、いい」と断った。
 
 吸い込むだけで傷ついた霊力が急速に回復し、心がどこまでも平穏になっていく。
 机の上は書類の配置一つ変わっていない。
 だが、部屋全体が護られているかのような清聖な気で満ちていた。
 
「コーヒーと同じだ」
「コーヒー、でございますか?」
 意味が分からない吉雄はきょとんと聞き返す。
 
「あぁ。いい仕事だと褒めておいてくれ」
「かしこまりました」
 凛子がなにかするだけで、この屋敷の邪気が祓われ、絶大な癒やしの空間へと変わってしまう。

 あの娘は……俺の荒んだ魂を救い出すというのか。

 まるで金の髪の女性に救われた時のようだ。
 死の淵にあった自分を救ってくれた神聖な気配。
 それとまったく同じ温もりが、今、この書斎に満ちている。

 ……黒髪の町娘。
 おまえは本当に、ただの護符師なのか……?
 15年間、あの金の髪の子だけを想ってきたのに、なぜ黒髪の娘にこれほどまで心が救われ、魅了されるのだ……?
 
「護符師とは、恐ろしい存在だな」
 悠一朗は思わず呟く。 
 この部屋も、俺の身の回りも……すべて彼女だけに委ねたい。
 この気持ちは一体なんなのだ?
 
 悠一朗は吉雄に下がるように命じると、清々しい空気の中、机の上の書類に目を通し始めた。