麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 翌朝、当番表を確認しようと廊下にでた凛子に声をかけたのは、女中頭の文乃だった。
「凛子さん、今日は書斎の掃除を教えるわ」
「はい、文乃さん。お願いします」
 今日は菊代ではなく、文乃に教えてもらえるみたいだ。
 
「……あれ? 書類が山積みではないですね?」
 食後のコーヒーをこの書斎に運ぶと、机の上には山積みの書類。
 その書類を眉間に皺を寄せながら眺めているのが悠一朗の印象なのに。
 
「あの書類、全部に目を通されるのよ」
「もしかしてあの量、1日分のお仕事なんですか?」
「軍だけでなく、華族や政界からの圧迫も、お一人で処理なさっているの」
 文乃は小さく溜息をついた。
 特務部隊の隊長という立場は、あやかしを切るだけでなく、ドロドロとした人間の権力闘争の矢面に立つことでもあるらしい。
 
 毎日そんなに大変な思いをしているのね。
 少しでも悠一朗様の負担を減らしてあげたい。

「文乃さん。拭き掃除、私がしてもよろしいですか?」
「ええ、助かるわ。雑巾は固く絞ってね」
 文乃が本棚の埃を払っている隙に、凛子はバケツへこっそり自室から持ってきた樹海の薬草を少量溶かし込んだ。
 昨日の窓ふきのように、そこにほんのわずかだけ霊力を込める。
 あやかしを祓う強力な護符ではなく、ただ「場を清め、人を平穏にする」ためのごくささやかな工夫だ。

 凛子は書斎の重厚な机や本棚、窓枠を丁寧に拭き上げていく。
 
「換気のために、窓を少し開けますね」
 雑巾がけを終えた凛子がパッと手を叩くと、書斎を満たしていた重苦しい気が一瞬で弾け飛び、澄み切った空気が室内を満たした。


「ふう、これでよし!」
「まあ。なんだか急に部屋が明るくなった気がするわね。風が気持ちいいわ」
「ふふっ、窓を開けたからでしょうか」
 凛子は文乃と一緒ににっこりと微笑み合い、掃除し忘れがないか確認する。
 最後に窓を閉め、カーテンを窓の端に整えた凛子は、清々しい気分で書斎を後にした。