麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 雑巾が手から離れ、視界がぐるりと傾く。
 こんな時、運動神経がよかったらなんて考えるほど、ゆっくり見えるのはなぜなのか。
 痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑った凛子の身体は、思ったような衝撃ではなく力強い両腕によってしっかりと受け止められた。
 
「大丈夫か!?」
「えっ?」
 目を開けると、すぐ目の前に悠一朗の整った顔がある。
 ほんのり香る軍服の匂いと、自分を抱きかかえる腕の圧倒的な強さに、凛子の顔は熱くなった。
 
「ゆ、悠一朗様、どうして、お仕事」
「今日は午前の公務だけだ」 
 しっかりとしがみつく形になった胸元から、悠一朗の力強い鼓動がドックン、ドックンと肌越しに伝わってくる。
 
「申し訳ありません! 助けていただき、ありがとうございます」 
 お互いの胸の高鳴りが重なり合い、火が出そうなほど顔を真っ赤にした凛子が慌てて声をあげた。
 
「怪我はないか? 高い場所は無理にやらなくていい」
「は、はい」
 私ったら、なにをドキドキしているの……。
 悠一朗様はただ助けてくださっただけなのに。

「……なんだか明るくなった気がするな」 
 悠一朗は窓から外を見ながら目を細める。

「あまり無理をするな」
 悠一朗は優しく微笑むと、凛子の頭にポンと手を置き、廊下を歩いて行った。 

「凛子さん、大丈夫!?」
「悠一朗様が助けてくださったおかげで、どこも痛くないわ」
「上の方は男性の使用人がやってくれるから拭かなくていいって言うの忘れてて」
 菊代がごめんねと何度も謝る。
 床に落ちた雑巾を拾いながら凛子は大丈夫だと菊代に答えた。
 
 脚立は止め、手が届く範囲だけ窓を拭く。
 明るくなったって気づいてもらえたわ。
 凛子は悠一朗に触れられた頭を思い出し、ドキドキする胸を誤魔化すかのように窓を必死で拭いた。