麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 帝都ではハイカラな飲み物として普及しつつあるが、市井の護符屋が淹れるとは思わなかったのだろう。
 
「いただこう」
 悠一朗は机から離れ、ソファーへと移動する。
 凛子はコーヒーを置きながら「どうぞ」と微笑んだ。
 悠一朗はカップを手に取り、芳醇なコーヒー豆の香りを確かめた後コーヒーを口に含む。
 
「な……んだ、これは」
「お口に合いませんでしたか……?」
 どうしよう。女中頭と一緒に淹れたけれど、淹れる人によって味が変わる飲み物なのかしら?
 不安そうに首をかしげる凛子を見た悠一朗は、驚いた表情のまま凛子の顔を見つめた。
 
「身体が軽くなった」
「ふふっ、お疲れだったのですね」
 大げさな悠一朗を笑いながら、失礼しますと凛子は部屋から退室した。
 
 よかった。飲んでもらえたわ。
 明日は女中さんたちに掃除を教わろう。
 母以外、誰かと一緒に住むのが初めてだから、何をしたら良いのか戸惑うけれど。
 
「あ、凛子さん。これお仕着せと、靴と……」
「こんなに支給されるんですか?」
「お洗濯は自分でね」
 お仕着せといわれたこの西洋風の服は、平民の服よりも上等な生地で作られ、着心地もよさそうだ。
 
「ありがとうございます、えっと……」
「菊代よ。よろしく」
 年齢が近そうな菊代の優しさに凛子はホッとする。
 
 なんとかやっていけそう。
 ただの女中ならきっと見つからないわ。
 烏丸邸の『新入り女中』として働くことになった凛子は、大丈夫だと自分に言い聞かせながら部屋へと戻った。
 
    ◇
 
 凛子が去った書斎で、悠一朗はコーヒーをジッと見つめた。
 
「高級霊薬以上の効果が宿ったコーヒーを出されるとは……」
 香ばしい苦味のあとに、じんわりと身体の奥底まで温かい霊力が広がっていく。
 重かった頭は急速に冴え渡り、連日のあやかし討伐と軍の公務で蓄積していた全身の疲労が、まるで春の雪解けのように綺麗に消え去った。
 
「本当に何者だ?」
 西門のあやかし除けの護符も驚いたが、護符で水を浄化したと言っていなかっただろうか?
 
「家内安全、病気退散、あやかし除け以外の使い方なんて聞いたことがない」
 悠一朗は疲れが取れる不思議なコーヒーを飲みながら「目が離せないな……」と呟いた。