麒麟の護符師と冷徹将校の十五年目の初恋~身分を隠す黒髪乙女は、命を救った一途な軍人に愛される~

 護符を書かなければこんなことにはならなかった。
 なんて、ただの結果論だ。
 参謀総長がどんな人かは知らないけれど、絶対に捕まるわけにはいかない。
 
「……ここで『女中』として働かせていただけないでしょうか」
「女中だと?」
「はい。女性客が滞在していれば嫌でも目立ちます。ですが、女中が一人増えた程度なら、誰も疑問に思いません」
 逃げる計画は中止だ。
 おそらく帝都の中でここが一番安全な場所。
 それならばしばらく身を隠させてもらい、ほとぼりが冷めたら出て行けばいい。
 
「……変わった女だ」
 悠一朗の唇から、小さな笑みが漏れた。
 
 氷のような表情がふっと緩んだその顔は、もうあまり覚えていないあの少年の面影を残しているような気がする。
 ここに強引に連れて来られた時は、あの優しそうだったお兄さんがこんな冷徹に! と少しがっかりしたけれど、やっぱり優しいままだ。
 参謀総長に引き渡さずに、私のことを隠してくれたのだから。
 
「分かった。表向きは女中として扱おう」
「ありがとうございます」
 この部屋にずっと閉じ込められているよりはずっとマシだ。
 
 悠一朗はすぐに「参謀総長から隠すため、表向きは新入りの女中として扱う。周囲にはそのように示し合わせよ」と吉雄をはじめとする使用人たちに指示をしてくれた。
 富士の間から使用人の部屋へ移った凛子は、ようやく落ち着き、大きく息を吐く。
 私に1人部屋を与えてくださるなんて。
 使用人の部屋の中では、ここはかなり贅沢なお部屋だろう。
 正直に白状すると、西門近くの店よりも新しくて綺麗だ。
 
「よし! まずは私にできることから」
 凛子は店から持ってきた道具をずらっと並べる。
 壺に入った薬草を少しだけ取り出すと、小さな鍋に入れて厨房へ。
 真っ黒な液体になるまで煮だした凛子は、部屋へ戻るとサラッと護符を書いた。
 これは普通の護符。いや、普通よりも少しいい護符だが、少し名のある護符師に書いてもらった程度なので問題ないだろう。
 
 
「悠一朗様、少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、凛子か? 入れ」
「失礼します」
 凛子はトレイに乗せたカップを落とさないように、ゆっくりと書斎へと入った。
 重厚な机に向かいながら山のような書類と格闘している悠一朗には疲労の色が滲んでいる。
 
「お疲れかと思いまして。護符で浄化した水で淹れたコーヒーです」
「コーヒー……?」
 悠一朗は少し意外そうに眉を上げた。