風に羽根を預けて

目覚めると、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
寝返りを打ち、スマホを手に取る。
スマホの画面には、レジーナさんの配信が終了したことを知らせる通知が残っていた。
――ああ、いつの間にか寝てたんだ‥‥‥。
眠る前に聞いた言葉を思い出そうとしたけれど、夢の中に置いてきてしまったみたいに、部分的にしか思い出せなかった。

それでも、ひとつだけ覚えている言葉があった。 

――昔のあなたを守ってくれたものが、今のあなたにとっても必要なものとは限らない。

私は、何をしていたんだろう。‥‥‥何を守ろうとしていたんだろう。
誰かと仲良くなれば、いつか別れが来る。傷つくくらいなら、友達にならなければいい。
小さな頃から、そうやって自分に言い聞かせてきたつもりだった。
でも、昨日の私を思い出すと、そんな風には思えなかった。
颯と話して、一緒にパンケーキを食べて、自転車の後ろに乗せてもらって――心から笑うことが出来た。
私はまた、あんなふうに笑ってみたい。
いつか終わるかもしれないけれど、あの時間をなかったことにしたいとは思わない。

私は起き上がり、窓を開けた。
朝の風が、カーテンをふわりと膨らませた。

風は、行き先を教えてくれない。ずっと捕まえてもおけない。
どこへ運ばれるのか、いつ止むのかもわからない。
それでも、風に身を任せてみたら、今まで知らなかった景色が見えるかもしれない。
私はずっと、羽根を傷つけないことばかり考えていた。
飛ばない羽根はやがて退化する。
――恐れてばかりでは、どこにも行けない。
この世界には、まだ素敵な場所があるかもしれないのに。

鏡の前に立ち、そこに映る私にそっと笑いかけてみる。

「おはよう」

まだ少しぎこちないけれど、昨日よりは明るい顔に見える。
うまくできなくてもいい。
今日、颯に会えたら、私が先に挨拶しよう。
出来るなら、他のクラスのみんなにも。
今の私を見たら、「たったそれだけのことのために?」と颯は笑うだろう。
でも、誰かに笑いかけること、挨拶をすること――誰かにだけじゃない。
自分にも向き合うこと。
それは、私にとって、新しい「始まり」なんだ。
  
今、羽音のように、私の胸は大きな音を立てている。

風に羽根を預けてみよう。
うまく飛べなくても、
どこにたどり着くかわからなくても。
いつか、まだ知らない景色に出会えるように。

私は、身支度をすませ、もう一度窓辺に立った。
いつもと同じ朝のはずなのに、何かが違っていた。
差し込む光はあたたかく、小鳥のさえずりは、昨日まで気づかなかったほど鮮やかに耳に届く。
私は、行ってきます、と空に囁いた。
やわらかな風が吹いて、私の髪をそっと揺らした。