裏方学級委員はゆるがない 17歳の恋愛練習論

 するとそこに僕がいつも聞く麗(うるわ)しの声が——
「まあ、二人でお勉強なの。素敵ね」
 僕と法月が見上げた先に、目を細めて微笑む鶴翔知夏(かくしょうちなつ)さんの眩しい顔があった。
 大きく開かれたつぶらな目が、法月のノートに向けられる。少し上体をテーブルに傾けているから、鶴翔さんの髪や首筋から放たれる良い匂いが僕の鼻腔をくすぐる。その芳香は僕を快楽の世界へと誘(いざな)う。
「私に時間があれば、私が法月さんと教えあいたいくらいだわ」
 鶴翔さんが無邪気な笑顔を法月に向けた。
 法月は目をそらしている。
「法月さん、数学が得意なのだもの。うらやましいわ」
 その微笑に偽りはない。
 鶴翔さんは前回の中間テストで、法月が数学Ⅱでクラス最高点の90点をとったことをしっかりと覚えている。僕と違い、鶴翔さんの法月に対する評価は高い。
「べ、別に……、そ、そんなこと、ない……」
 僕に対して暴君のようにふるまうくせに、法月はその他の生徒にはからっきしだめだ。特に鶴翔さんのような眩しい人は最も苦手としていて、鶴翔さんの前では小さく固まるだけだ。
「今日は時間がないけれど、今度、数学を教えてね、法月さん」
 鶴翔さんはそう言って、さわやかな余韻を残して立ち去った。これからまた別の集会にでも顔を出すのだろう。とにかく忙しいひとなのだ。ここにはたまたま通りがかりに寄っただけだろう。
「これで、期末も数学は90点をとらないといけなくなったな」僕は笑ってやった。
 法月は恨めしそうに僕を見る。
 次の期末、法月は物理を巻き返して、数学Ⅱは手抜きするつもりだっただろう。中間テストが90点なのだから期末テストは20点くらいで良いと思っていたはずだ。
「ふん、陽キャの思惑には従わないぞ。あたしの点はあたしだけのものだ。クラスの平均点を上げるためのものではない」
 法月は毒づいた。
 こいつには学業で向上しようという意志はない。ただ並の成績をとって目立たないようにしているだけだ。
 すべてにおいて向上心のある鶴翔さんとは対極の位置にいるヤツだった。
 人は人、自分は自分。他人と自分との間には明確な壁がある。
 そういう意味では法月は僕と似ているかもしれない。
 だからというわけではないが、僕も恋愛練習論には従わない。僕は僕のペースを守り、鶴翔さんとの今の関係を維持しようと思った。
 そんな僕はダメな男なのだろうか。
 でも構わない。
 それが僕という人間なのだから、仕方がないではないか。

 (了)