裏方学級委員はゆるがない 17歳の恋愛練習論

「また、変な妄想をしているな」法月は僕の心を覗いたような顔をする。「どうせ、自分は高嶺の花にはふさわしくない――とか思っているのだろう」
「なんだよ」悪いか?
「だからレベル1なのだ。ラスボス攻略のためにレベルアップしろと言っているのだ。お前はふさわしい自分になるための努力をしたのか? 自分を磨こうとは思わないのか? 向上心のないヤツは誰の相手にもなれないぞ」
 法月は容赦なく僕をいたぶる。
「練習台になる女どもも可哀相だな」
「だから、練習目的で付き合うなんて不誠実だと言っているだろう」
「一生チェリーだな」
 身も蓋もないことをお前(・・)が言うな。
「僕は鶴翔さんを支える今の関係で良いんだよ」
「支えているつもりでいるんだな。まあ実際そうなのだろうが、周りの人間にはそう見えていないな。学級委員の仕事の大半がお前のやったことだとしても、周りの認識ではお前はオマケ。業績はすべて鶴翔知夏のものだ。まさに光と影。ひまわりと月見草。太陽と……」
「何と言われようと、親しい友人のひとりでいられれば僕は良いんだよ」
「ほう、親友とな」法月が目を丸くする。「男と女の間に恋愛感情が全くない友情なんてものがあると思うのか?」
「そんな関係もあるだろう」
 法月が目をキラリと光らせた。
 こいつ――何かうんちく(・・・・)を言うつもりだな。
「チェーホフの名言というのを知っているか?」
「は?」
「ネットで調べると、チェーホフの名言の中にこういうのがある。男と女の関係とかいうものだ。『女が男の友達になる順序は決まっている。まずはじめが親友、それから恋人、そして最後にやっとただの友だちになる』」
「何だ? それ? どこが名言なんだ?」
「その通り。親しくなって、恋人になって、別れてただの友達になる。当たり前過ぎて、ちっとも名言ではない——」
 僕は黙って続きを待つ。
「——しかし、この順序、間違いなんだ」
「ん?」
「出典は『ワーニャ伯父さん』だ」
「月末に演劇鑑賞するやつだな」
 僕たちの学校は教養を身につけるための芸術鑑賞として舞台劇などの観劇を行っていた。六月下旬にそれがあるのだ。その題目が「ワーニャ伯父さん」だった。
「その中のセリフにあるのが『女性が男性の親友になるのには、順序がある。まず最初にお友達、次に愛人、そしてようやく親友ってわけだ』。つまり女と親友になるためにはその前段階として恋人になっている必要がある。男と女の間の友情は別れた間柄においてやっと成立するということだ。したがって、お前が鶴翔知夏と親友になるためにはまず恋人にならなければならない」
「う!」
「なぜネットの名言の順番が原作と違ったのかはわからない。しかし、男と女の友情は別れた者同士の間で成り立つ話だ。付き合ってもいないお前は鶴翔知夏の親友にはなれないな」
「お前、観劇があるから原作を読んだのか?」
「読んでいない。この間、美貌の図書委員が新任女性教師を口説く場面で使っていたのを聞いた」
「何だよ、それ」
「二人がチェーホフ『ワーニャ伯父さん』の話をしていた。二人とも原作をよく知っている。男と女の関係の順序についてネットの名言の順序と原作の順序の違いを指摘して共有していたな。そして最後に美貌の図書委員はこう言ったのだ。『先生と親友になりたい』と」
 僕はそれが誰かすぐにわかった。美貌の図書委員とは同じ学年のA組にいる寡黙なニヒリストの男子だろう。女性教師はうちの卒業生でもある新任の英語の先生だ。本好きの二人が図書室でよく話をしていると聞いたことがある。
「しかも美貌の図書委員はそんなえげつない(・・・・・)セリフを言ってすぐに立ち去った。頬を赤らめ立ち尽くす女性教師。何とも萌えるシーンだった」
 法月は思い出してよだれを滴らせた。
「女に興味がない男に見えて、年上は別のようだ」
 法月はまだ余韻に浸っていた。