裏方学級委員はゆるがない 17歳の恋愛練習論

「生出(おいで)くん、今日もありがとうね」
 僕の目の前に健康的な鶴翔(かくしょう)さんの笑顔がある。
 小麦色の瓜実顔。つぶらな瞳。わずかに首をかしげて目を細めて微笑む。
 いつ見ても眩しすぎる。
「私、これから部活連の会合に出なければならないの。いつもいつもほんとうにごめんなさい、あとのことはお願いね」
 そう言って鶴翔(かくしょう)さんは身をひるがえし、階段を駆け上がっていった。
 僕は彼女の美しい膝の裏を目にして、見てはいけないと思いつつ、見送って、そして階段踊り場に立ち尽くしていた。

 高校二年生の僕(ぼく)――生出元気(おいでげんき)は二年G組の学級委員をしていた。
 学級委員はクラスごとに男女一名ずついる。男子学級委員が僕で、女子学級委員は鶴翔知夏(かくしょうちなつ)さんだった。
 クラスで目立たないモブの僕が学級委員になったのは担任から直接指名を受けたからだ。
 二年G組を「ゴミ組」とか「ゴキブリ組」とか言わせない。「げんき組」にしよう――という担任の悪ノリのせいで、名前が「元気(げんき)」というだけの理由で、僕は学級委員に指名された。
 確かにG組は元気だ。二年生8クラスのうちで最もうるさいクラスと言われている。
 授業中に誰かがボケをかますと爆笑の渦が巻き起こり、囃(はや)し声は嵐となり、それが遠く離れたA組まで届くのだから――全く、イカれている。
 だからといってG組全員が元気なわけはない。おとなしい者もたくさんいる。
 しかし一部、いや半数以上を占めるうるさい連中のせいでクラス全体が元気でうるさいヤツらと思われるのだった。
 僕はその少数派のおとなしいモブでありながら男子学級委員という大任を担っている。

 一方、女子学級委員の鶴翔知夏(かくしょうちなつ)さんは僕とは正反対のひとだった。容姿端麗、文武両道。まさにクラスの顔——いや学年の顔といってもおかしくはない才媛だ。
 コミュニケーション能力も抜群だ。僕みたいなモブ相手にでもしっかりと目をかけ、話し相手になってくれる。
 陽キャたちが彼女のまわりに集まる一方、彼女の目は隅にいるモブにまで漏れなく届く。
 しかし、だからこそ鶴翔さんは忙しい。女子学級委員をやりながら、部活連の仕事を手伝い、部活も僕と同じ物理部だけでなく、いくつもの部活の助っ人をしている。放課後は学園内のあちこちに顔を出さなければならないくらい活躍しているひとだった。
 鶴翔さんは僕にとってまさに眩しすぎるひとだった。
 僕は鶴翔さんを支えるために裏方学級委員に徹していた。
 縁の下の力持ちというのはおこがましい。僕にそんな力はない。しかしたとえ裏方だとか、オマケの学級委員と言われたとしても、少しでも鶴翔さんの力になれている。そう思うことが僕の生きがいだった。

 今日の鶴翔さんも輝いていた。外で活動することも多いから彼女は六月のこの時期でもよく日に当たっていて、すでに小麦色の肌をしていた。
 鶴翔さんは日よけをしない。これからも盛夏に向けて堂々と日に立ち向かい、そのきめ細かな肌を黄金色に焦がすだろう。
 少し茶色がかった髪色は天然だ。ポニーテールのように束ねていることが多く、それが彼女の活発さを象徴していた。
 体格も良い。スポーツ万能だから体のラインは凹凸がはっきりしている。くびれているところはくびれているし、出るところはしっかりと出ている。じっくり鑑賞してはいけないと思いつつ彼女の体躯の良さはしっかりと目に入ってくる。
 僕は鶴翔さんに対して憧れ以上の感情を持つようになっていた。

 鶴翔さんの彼氏になれるひとがうらやましい。
 彼女にふさわしい男はかなり限られるだろう。少なくとも彼女より学業成績が良くて、彼女より運動神経が良くて、そしてルックスも相応のものでないと鶴翔さんの恋慕の目を向けられる資格はないだろう。
 中高一貫生の僕と異なり、鶴翔さんは高等部入学生だ。公立中学に通っていたころの鶴翔さんには交際相手がいたという噂を耳にする。きっとその男はそれなりの人物だっただろう。そしてその男と鶴翔さんとの交際は中学生らしい健全なものだったと僕は思う。
 彼女が頬を赤らめて誰か男の顔を見上げるところを僕は想像できない。

 しかし――僕は、そんな彼女と一緒に街を歩いたりするところを思い浮かべ、そのおこがましい妄想に驚いて自己嫌悪に陥ることがよくある。
 彼女は僕なんかが付き合って良いひとではないのだ、そんなことをすると彼女の価値を著しく落とすことになる――と、僕は自分に言い聞かせる必要があった。