とある少女の物語

――山下さんだ。

山下乃愛ちゃん。今話題沸騰中のMelty♡Candyのメンバーで、NEX7と同じくらい人気が上昇しているアイドルだ。

でも、山下さんにはあまりよくない噂も立っている。

男好きだの、アイドルなのに彼氏がいるだの。そのせいで、最近は一人でいることが多いらしい。

噂はしょせん噂。自分の目で確かめないと駄目なのに。

まぁ、私には関係ないんだけどね。

最新雑誌も読み終えたところだし、帰ろうと思って席を立つ。

そのとき、視界の端に映った本の題名。

――私の大好きな恋愛小説だった。

「それ、すごくおもしろいよ」

気づけば、そう話しかけていた。

「……えっ?」

小さくて形のいい唇から、消えそうなくらいか細い声が聞こえた。

「あ。ごめん、大好きな本だったから、つい……。私のことは気にしないで、どうぞ、座ってて」

そう言って、向かいの席を指さす。

「……私のこと、知ってるの?」

えっと……。これはどっちの「知ってるの?」だろうか。

アイドルであることを知っているのか。それとも、よくない噂のことを知っているのか。

でも、どちらにせよ私は知っていた。

「うん、知ってるよ」

「じゃあ、なんで……」

なんで話しかけてきたのか、を聞きたいのだろう。

「なんでって……。話したかったから? 私、ずっと山下さんと話してみたかったんだよね」

真実を知るために。

「でもっ、私の噂は、知っているでしょう……?」

「知ってるけど……。噂は噂でしょ? 真実は自分の目で確かめなきゃ。

自分で殻かぶってる山下さんしか、私は知らないから。そうじゃなくて、私は『山下乃愛』を知りたいの。テレビに映る乃愛ちゃんでも、レッテルを貼られてる山下さんでもない、『山下乃愛』を知りたいんだよ」

自分の思うままに伝えてしまった。

思いを言ってしまうと楽だが、後悔も大きい。

「あっ、ごめん。今のは私の単なる、なんといいますか、気持ち? なので、あんまり――」

「……うれしい」

その言葉は、私の言葉をさえぎって聞こえた。

私よりも小さな声のはずなのに、何よりも大きく聞こえた。

ちゃんと伝えなきゃいけないのに。「お友達になりませんか?」って。

でも、もうそうする必要はなかった。

だって、テレビでもレッテルでもない、本当の「山下乃愛」を今、見られたのだから。

「山下さん」と呼んでみる。

彼女は大きな目をこちらに向けて、私の言葉を待っている。

「私のこと、澪って呼んでくれる?」

大きな目が見開かれる。そして。

「……いいの?」

「私と一緒にいると、宮本さんまで変な噂を立てられたり……するかもしれないんだよ?」

なんだ、そんなことか。

「いいのいいの。さっきも言ったけど、私は自分の目で信じるから。噂に飢えている人とは、最初からかかわらないし」

そう言うと、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。

「じゃあ、私のことは、乃愛って呼んでほしい……!」

「うん、わかった。じゃあ、これからよろしくね――乃愛」

私たちは、こうして友達になった。

今ではお互いに、なくてはならない存在だ。

「みおー、ちょっと聞いてほしいんだけどー」

そう言いながら乃愛が歩いてくる。あのころより、ずっと自然に笑うようになった彼女が。

「なにー? もしかして、こっち系??」

にやつきながら手でハートを作ると、彼女は顔を赤くして焦りだした。

「ち、違うから!」

「えー、ほんとかなぁ?」

そんなふうに笑い合えることが、今はとても幸せだ。