とある少女の物語

宮本 澪。今年の春からめでたく高校生活が始まった。

高校と言えば、青春。青春と言えば、恋愛。

でも私の辞書に、「恋愛」という文字はない。生まれてこの方、一度も「恋愛」を味わったことがなかった。

それでも私は幸せ。

だって――。


推しがいるから。


私の推し、「柊瑠衣」くんは、今や第一線で活躍する若手アイドル。今こそ有名だが、昔は過酷な毎日で――。

とまぁ、私は柊瑠衣の、そして彼が所属している「NEX7」の、古参ファンなのだ。

数年前、たまたまテレビに映っていた彼を好きになった。年齢が近かったこともあり、どんどんはまっていった。
 それからは怒涛の毎日で、最初こそ売れ行きが怪しかったのだが、行けるライブはすべて行き、少しでも認知度を上げるために、グッズは買えるだけ購入した。

SNSで「#柊瑠衣」「#NEX7」と、何度タグをつけただろう。

そんな私の、いや、彼らの頑張りもあり、ドームツアーが決定した時は泣くほど喜んだ。

でも、大きなライブが決まったということは、当然ファンも増えているということで、チケットの当選率は格段に下がっている。

ドームツアーは、もちろんすべて落選。

それだけでなく、今まで行けていた小さなライブでさえ、当選することは少なくなってしまっていた。

彼らに会えなくなるのは悲しい。

だけどその反面、彼らがそれだけ売れているのだと自分に言い聞かせて、幸せな毎日を送っていた。


そんな私も今、人生の危機と言っても過言ではない、究極の選択を迫られている。


「みやもとぉ、部活の紙はまだ出せないのか」

放課後。職員室。

私は担任の犬山先生に呼び出されていた。

内容は、部活の入部届を出していないことについて。

この学校は部活が必須なので、何かしらに所属しなければならない。

とはいっても、私にはほかに夢中なことがあるので、一刻も早く家に帰りたい。

そう思って真っ先に思いついた部活――美術部に見学に行ってみたのだが、

よく漫画であるような緩い部活……ではなく、みんながそれぞれのキャンバスに向き合い、

最低でも二時間は活動している部活だった。

途中で離脱しようとしても、あの張り詰めた、絵を描く音しかしない空間で立ち上がるのは、私には到底無理な話だった。

次に思いついたのは写真部。

写真なら、推しを撮るときに役立つかもしれない。

そう思ったのだが、先輩方が撮る写真はどれも風景ばかりで、ダメだった。

ちなみに、人物写真は撮ったことがないらしい。

そんなこんなで部活が決まらず、とうとう申請最終日の日まで来てしまった。


「宮本? 聞いてるのか?」

「あ、はい、聞いてます」

「まぁ、そんなに決まらないのなら、バドミントン部にでも入ってみたらどうだ」

犬山先生はバドミントン部の顧問をしているため、人数増加のために当たり前のように誘導してくる。

「でも、私、運動向いてないですし……。それに、帰る時間が遅くなると親も心配するので……」

なんて、出まかせを言ってみる。

すると――。


「なんだ、そんなことか。それなら安心していいぞ。うちの部活はな、基本的に緩いんだ。だ
から帰りたいときに帰っていいし、来ない日があってもいい。だが、来ないときは顧問の俺に言ってからなー」


チャンスだ、と思った。


これならなるべく休んで、幽霊部員になればいい。

「先生、私、バド部に入ります」

そう思った私は即答して、その場で入部届を出した。

本来であれば親の同意書が必要だが、今回は後日、同意書のみを提出すればよい、という形となった。

書き終えた入部届を先生に手渡そうと、腕を伸ばす。

その瞬間、


「せんせー」


と、低く通る声がして、見知らぬ人が先生の後ろに立っていた。

先生はその人のことを「一ノ瀬」と呼んでいた。

靴の色からして、二年生だろうか。

まぁ、そんなことどうでもいい。

私は早くこの紙を提出して、一刻も早く家に帰りたいのだ。

でも、この人がいる限り提出できないな、と思っていると、先輩は私の姿に気がついたのか、

「せんせー、後ろ、人」

と言っている。

自分のせいだとは思ってないのだろう。

「犬山先生、これ、お願いします。それでは私はこれで失礼します」

「おー、気をつけて帰れよー」

私はもう一度一礼すると、少し早足でその場を去った。

*

「あー、今日も眼福!」

推しがいるって、なんて最高なんだろう!

同じ国で息をしていることが幸せなのに!

「やっぱ私には、推しがいれば生きてけるよなぁ~」

なんてつぶやく。

SNSでも、かっこいいとつぶやかれている。

私からすれば、「今さらですか?」って感じなんだけどね。

でもまぁ、それだけ私の推しはかっこいいってことでしょ。そのうち世界中がきっと認めるね。うん。


「よーし! 明日も頑張るぞー!」


その声が空いっぱいに広がったのだった。