冷たい唇、その奥に

 夏休みが明けた。
 久しぶりに会った香は、肌が焼けていた。
「美咲、立川先輩とはキスした?」
 香はわたしを見るなりそう訊いてきた。
「何もしてないよ。ただ、映画に行っただけ」
 わたしは平静を装って答えた。
「わたしは、和樹(かずき)としたよ」
 和樹とは白石先輩のことだ。
 花火大会の後から、香も白石先輩と付き合うことになった。
 先輩に対して、もう呼び捨てしているなんて。
 香には、立川先輩に告白された次の日に報告した。
 香は飛び上がって、手を叩いていた。
「これで、兄離れできるね」
 香はわたしに顔を近づけてそう言った。
 最近、貴利の部屋に行っていない。
 貴利は受験を来年に控えていて、勉強が忙しいようだ。
 志望校は、わたしの偏差値では縁のない大学だ。
 わたしは立川先輩のことを、貴利に伝えるべきかどうか迷っていた。
 伝えれば、どんな反応をするだろうか。
 何も言わないような気がする。
「美咲、部屋においで」
 いつもの目で見つめられてそう言われそうだ。
 それから、いつもの行為が始まるのだろう。
 わたしは、貴利から離れるべきなのだろうか。
 今までは、そんなこと考えたこともなかった。
 この関係が永遠でないにしろ、終わりがあるとも思っていなかった。
 わたしは、貴利に依存しているのだろうか。
 貴利が、わたしに依存しているのだろうか。
 わからない。
 お互いがお互いを、必要としているのかもしれない。
 それぞれ、未完成。わたしと、貴利は。
 ずっと、補ってきた。
 今、わたしの気持ちは、揺れ動いている。
 貴利と立川先輩の狭間で。
 どちらが大切だったりではない。
 それぞれの役割があるはずだ。
 わたしは、貴利に今の気持ちを伝えることにした。
 立川先輩に、足りない部分を求めている自分がいる。