冷たい唇、その奥に

 目が光りに慣れてきた。
 もう一度、今までいた世界を見返した。
 世界は何一つ変わっていない。
 伸びた時間のように広がっているだけだ。
 歩いてきた道には、蟻が群生しているような光景が広がっている。
 誰もかれもが、同じように見える。
 わたしは、しばらくその光景をぼんやりと眺めた。
 ふいに、肩に痛みが走った。
 ぶつかってきた人と視線が重なる。
 暗く淀んだ目をしていた。
 わたしは、軽く頭を下げた。
 その人は何事もなかったように、その場から立ち去った。
 視線を歩いてきた道に戻す。
 ゆらゆら揺れていた。
 自分が揺れているのか。
 世界が揺れているのか。
 わたしには、分からなかった。
 引き返そうとは思わなかった。
 その世界に向けて、わたしは、震える足を踏み出した。