電影ゴシカ―幽閉された悪魔の仔―

 翌日、私は釈然としない思いでアイスコーヒーを飲んでいた。

「……う~ん…………」

 アミーリアという少女がとてつもない美少女だったことには、素直にショックを受けた。しばらくは確かにそればかりを考えていた。
 ……けれど、彼女の投稿したおそらく全ての動画を見終えた今、それよりももっと気になることができてしまったのだ。

「考えすぎなのかな……? でもなぁ……」

 気になることというのは、全体的にぼんやりとした曖昧なものが多いけれど、その中で取り立ててはっきりとしたものが3つある。


 まず1つめは、【本】についてだった。
 視聴者からの「おすすめの本を紹介して欲しい」というリクエストに応えて投稿された、『おすすめの本を紹介します』という、『自己紹介』に続いてそのまんまなタイトルの動画。相当な読書家であるらしい彼女が、自分の部屋の本棚を映して回り、膨大な蔵書の中から特にこれだという本をピックアップしては内容と簡単な感想を紹介する。
 ――それだけの動画なのだけれど、私はこれに妙な違和感を覚えた。
 彼女のチャンネルは、まだ人気とまではいかないまでも、少しずつじわじわと、けれど確実に上昇している。開設したばかりでこのくらいの注目を得ているのは、まず間違いなく、最初の『自己紹介』を始めとする実写動画で見せている彼女の容姿のおかげだと言えるだろう。
 それを知ってか……あるいはダニエルが求めるからなのかは知らないけれど、彼女の動画は基本的には彼女自信が画面に映って顔を見せるのが当然のようになっていた。
 しかし件の動画は、彼女自信の出演が一切なく、カメラの後ろで喋っているらしき声のみが乗っている形だった。
 勿論、全部の動画に絶対に顔出しをしなければいけないわけではない。この回は本が主役なのだし、自分が映らなければ着替えや化粧などの手間もないから、どんな状況でも手軽に即撮影が開始できる。そう考えれば特におかしいことはないのかもしれない。

 それでもここまで違和感を覚えてしまうのは、何というか、「本さえ映ればいい」ではなく「本しか映してはいけない」という気持ちで撮影されているように見えたからだ。
 というのも、この動画はあまりに隙がなさすぎるのだ。
 例えば別の動画で部屋の中を映して回っていた時には、片手でカーテンを開けてみたり、歩いている足元を撮ってみたりと、部屋を見せながらも視聴者が彼女の存在を感じられるようにして撮影されていた。
 対してこの本棚動画は、最後まで本当に一切の映り込みがなかった。爪の先も、スカートの端さえも、何一つだ。本棚からいくつかの本をピックアップするのでも、私なんかだったら、その場でその本を抜き取って表紙を映して紹介する方法などを真っ先に考えるけれど、その動画では、わざわざ編集で場面が転換して、次のカットではブラックバックに一冊の本だけがアップで映り、内容を紹介する彼女の声が乗るという作りになっていた。


「………………」

それでもまだ、そこまで怪しむほどのことではないと思った。企画によって雰囲気を変えていくスタイルかもしれないし、確か2~3本目くらいの動画で「編集に慣れていないからたくさん練習したい」と言っていた気がするから、編集作業の練習のためにそういう形を取ってみたのかもしれない。
 ――けれど、2つ目の違和感によって、この1つ目の違和感もより確かなものへと変わった。


 2つ目の違和感は、『そもそも彼女の撮影環境は、PC本体に付いているウェブカメラだけのはずでは?』という点だった。
 彼女は最初の『自己紹介』で、「PCのウェブカメラだけで撮影しているから出来ることが限られる」と話していて、次だったかその次ぐらいの動画で、「動画の撮影に適したカメラを入手することができたら、必ず最初に報告します」と言っていた。

 【彼女の言葉を信じるならば】、まだ報告が出ていないし、最新の顔出し動画などを見ても、最初の動画と画面の感じが全然変わっていないので、おそらくまだ同じ環境で撮影を続けていると考えなければいけないだろう。
 ――さて、そうなるとやっぱり何となく不自然なのだ。
 「何となく」の域を出られないのが気持ち悪いところではあるけれど……。
 たとえ彼女が使っているのが持ち運び可能なノートパソコンであったとしても、それでもパソコン本体を持って歩き回っているにしては、例の本棚にしても、別の動画で見た部屋の中を歩き回って撮影している様子にしても、何というのか……なんか、あまりにも『軽やかすぎる』ように見えるのだ。

(これは本当にPC本体のウェブカメラを使って撮影されたものなの?)

 些細なことではあるけれど、私の中で、本当に彼女の言葉を信じていいのかどうかという疑念が生まれていた。彼女の動画は、PC本体のウェブカメラだけで撮影されたようには見えない。――別のものを使っているように見えるのだ。
 これがもし、本当は全部スマートフォンを使っての撮影だったら……?
 そうなったら、【悪魔の仔】を自称している彼女の『設定』は簡単に崩れることになる。
 生まれた時から自室に閉じ込められて、外部との接触を完全にシャットアウトされている囚われの姫君。そんな彼女が初めてインターネットを与えられ、ウィンディに出会って外の人々と交流することができるようになった。
 そんなドラマティックなストーリーは、「普通にスマホ持ってました」などと判明したら、……まあ、最初から信じてる人なんて(約1名を除いて)いるのかどうかもわからないけれど、それでも少なくとも印象はガラッと変わってしまうと思う。ここまで作り上げられた彼女を彩るアナログ的なおとぎ話のような世界観は、あくまでインターネット環境が与えられていなかったことが大前提なのだから。
 あとはスマホではなくデジタルカメラを使っていたという可能性だけれど、インターネットを使うことすら初めてのような人が、撮影機材を外部接続して動画をアップロードすることまでできるのか?という疑問が入ってくるので、どちらにしてもおかしいことには変わりない。


「………………」

 ……と、ここまで彼女――『アミーリア』という少女の設定を怪しんできたのだけれど。
 私は決して、彼女が偽物だとか設定が崩れてますよとかただの厨二女でした残念~とか、そんなことを言いたいわけではない。
 ……むしろ、それで済んでくれればそのほうがいいとさえ思っている。

 私はアミーリアに、何か漠然とした恐怖を抱いていた。
 この違和感の正体は、そんな単純なものじゃなくて、もっと大きな……何かとてつもなく恐ろしいことに繋がっているのではないか……?
 自分の中の何がそう思わせているのかわからないけれど、何らかの危険信号を受信している気がして仕方がない。
 何となく……本当に何となく。――ダニエルに危険が迫っている気がするのだ。


(3つ目の違和感は……)

 3つ目。最後の1つは、【猫】だった。

 ある動画のコメント欄に、「最後のほうに猫の鳴き声が入ってましたね! 猫飼ってるんですか?」という視聴者からの書き込みがあった。
 それに対して彼女は、「え!? 入っていましたか!?」などと、やけに焦った様子で返信していた。
 それまでのアミーリアの視聴者への返信コメントは、どれも非常に落ち着いていて、無感情なようにも、SNSに慣れていない不器用な感じにも取れる、とにかく自身のキャラクターによく合った雰囲気だった。だからこの焦りようは異様な感じがして、やたらと印象に残った。感嘆符を並べるような文なんて初めて見た。

 その数日後だか数週間後だかに、「猫が見たい」というリクエストに応えた動画を上げていたのだけれど、……その動画も、【本】の時と同じで、猫だけが単体で映されていて、本人の出演は徹底して音声のみとなっていた。


 これが、私がアミーリアの動画を見て不審に思ったことの全部。
 1つ1つはそんなにおかしなことではないのかもしれない。――でも、どうしても何かが引っかかる。

(絶対に自分を映さないと徹底している【猫】と【本】の動画。PC本体のウェブカメラを使っているという妙な嘘。これは一体何のためなんだろう……?)

 ざわつく気持ちに寄り添うように考えていくと、ふと、ある人物の顔が浮かんだ。

「そうだ…今度、あの子に相談してみようかな」

 そう思い立った時点で私は、自分がこの件を現実から逸脱したものと捉えていることに気づいたのだった。