電影ゴシカ―幽閉された悪魔の仔―

 長期に及ぶ試行錯誤の甲斐あって、何とか1本の動画を作成することができた。
 たった5分程度の、自己紹介にもならないような『自己紹介』というタイトルの動画。ただカメラの中心に映り、名前と好きなものなどをつらつらと並べるように話し、初めて作った動画だから至らない点があっても大目に見て欲しいとか、最後まで見てくれてありがとうございますとか、そんなどこかで見たような挨拶を添えて『自己紹介』は終わる。
 動画の投稿の仕方を勉強した時、当然のように「編集」という作業工程についても知ったのだけれど、まだそこまで出来る気がしなかったので、撮って、保存されたものをそのまま完成品とした。話すことは紙に書いておいて、それを読み上げるだけだというのに、何度やっても上手くいかなくて、ちゃんと読めてもまだ何か違う気がして、繰り返し繰り返し、カメラの前で同じことを話した。
 これ以上何度やってもきっともう同じものしか出来上がらない。満足ではなくそんな妥協によって、私の最初の動画は完成した。

 完成してから投稿するまでは一瞬だった。迷ったり躊躇したりしていたら、多分一生投稿ボタンを押すことができないだろうと思ったから、事前に猛勉強していたアップロード作業をそつなくこなして最終確認画面までいったら、何も考えずにその赤いボタンをクリックした。


 その日の夜は不安で不安で仕方がなかった。私の投稿した動画は、私がこれまで見てきた誰のどの動画よりも拙くて、全然面白くもない。勢いで駆け抜けたものの、冷静になればなるほど、こんなものを世に出してしまっていることが恥ずかしくていたたまれなくて、たまらなく怖かった。

 ――そしてそれとは別で、「本当にちゃんと誤魔化せているのか」という問題もあった。

 自分で見た限りでは、画面に映っているのはおそらく普通の人間の女の子。ちゃんと、『悪魔の仔』であることは隠せている。
 何度も確認して大丈夫と確信した上で投稿を行っているのだから、大丈夫であるはずなのだけれど。それでもやっぱり、客観的に見た時に果たしてどう見えているのか、不安は拭いきれないままだった。

 そんな二重の不安を抱えたまま眠れぬ夜を過ごそうと思っていたら、――想像していた何倍も早く、そのメッセージが届いた。
 それは言うまでもなく、彼からの返信。
 お待たせしました、動画を投稿しましたと簡単に送ったメッセージに対し、早速動画を見てくれたという彼からの感想と感謝の言葉が返されていた。……それはもう、物凄い情熱的な言葉の数々だった。
 蝶よ花よというように、終始美しい美しいと褒めたたえ、『君は神が創り出した素晴らしい芸術作品だ!』とか、『僕がそう言うのだから君は自信を持っていいんだ!』とか、『こんな素晴らしい芸術を発見した僕は天才だ!』とか、いつの間にか自分のことまで賞賛し出していた。
 かと思えばまた『君は美しい!』に戻っていて、赤面してしまうほどの絶賛コメントに戸惑ってどう反応すればいいのかわからなくなってしまったけれど……

「……ふふっ」

 ひたすらに素直な彼の言葉が、嬉しかった。

 屋敷の人間以外と言葉を交わしたこともなかった私は、きっと、取り繕った言葉や、遠慮や社交辞令の入った言葉では、その真意を読み解くことだけで精一杯になって、こんなに心を動かされることはなかったことでしょう。
 真っ直ぐすぎる情熱を思い切りぶつけられて、私の世界はまたひとつ大きく変わった。


それから更に数日もすると、彼以外のユーザーからも、動画へのコメントがいくつか付き始めた。

『すごく可愛い!』
『真似したい!』
『また動画出してください!』

 そんなコメントが増えるたび、チャンネルのフォロワー数も少しだけ増えて、まだ1本しか動画を出していないのに、複数の人々が関心を寄せてくれていることが形になってわかるようになっていた。

「本当に……? この人達、みんな私の動画を見てくれたの……? 私の動画を見て、興味を持って、次の動画を期待してくれているの……?」

 今度は、嬉しいよりも不思議な気持ちだった。

 私はずっと独りだった。
 独りきりで、ずっとこの部屋の中に居て、今だってそれは変わっていない。なのに、永遠に言葉を交わすことすら叶わないと思っていた外の人々から、いま、『私が自分を発信すること』を求められている。自分の人生にこんなことが起きるなんて、想像したこともなかった。
 不思議な気持ち。知らない感情。
 だけど。

『君はこの世の誰よりも美しい。こんな素晴らしい作品に出会えて僕はとても幸せだ! だから、どうかこれからも見せて欲しい』

 求められることは、私にとって間違いなく喜びだった。
 もっと見て欲しい。もっと私という存在を知って欲しい。私はここに居るの。あなたたちと同じ世界に、確かに存在しているのよ。

 だから、もっと届けたい。


 私はそれから、毎日一日中、必死になって動画を作り続けた。