みんなと笑っていられたら

​「よーし!じゃあ手分けして作業進めるぞー!」

悠先生の威勢のいい声で、みんなが一斉に動き出す。

それから私達は生地を混ぜる係、焼く係、果物と生クリーム係に分かれた。

「私、生クリーム泡立てたい!」

「こっちおいで〜」

時雨先生が六花ちゃんの腕を優しく引っ張っていく。

「じゃあ僕達は生地を混ぜようか……って、たっちゃん、そんな勢いよく混ぜたら飛び散んで!?」

「えぇ!?だって悠先生が『ダマがなくなるまでしっかり混ぜろ』って言うから……!」

​ボウルを抱えてあたふたするたっちゃんの手元を、見かねた律がそっと横から支える。

「良いか、たっちゃん。これは優しく混ぜるんだ」

「お〜!」

「へぇ、律って器用なんだね!」

​意外な手つきの良さに驚いて声を上げると、律はどこか照れくさそうに「まぁな、これでも家でたまに手伝ってるし」と照れくさそうに鼻を鳴らした。

作業台の反対側では、生クリームを任された六花が泡立て器を勢いよく動かしている。隣では黙々と時雨先生と倫太郎くんが果物を切っていた。

「あ、ちょっと味見していい?」

「指切っても良いならお好きに」

「ごめんなさーい!」

​包丁を握りながら真顔で返す倫太郎くんに、六花が明るく謝っている。そんなやり取りに、作業台の端でイチゴのヘタを取っていた時雨先生も微笑ましそうに眺めていいた。

そして一番問題を起こしそうな焼く係の悠先生と藤和ペアには見張り役として校長先生もつく。

「暇じゃ〜」

「だよな〜」

「ほら、指相撲してないで油引いてください。くっついて焦げますよ」

「「うぃ〜」」

悠先生と藤和の気のない返事に、校長先生は手際よくホットプレートの温度設定を確認している。

生地が無事に混ぜ終わったので焼く係に持っていくと、さっきまでやる気をなくしていた二人がシャキンと起き上がった。

「おっ、来たぞ!」

​「一発目は俺が手本を見せてやる。いいか、ホットケーキの命は『高めの位置から優しく落とす』だ」

悠先生がそう意気込み、お玉で小さめのホットケーキを作っていく。私達もホットプレートの周りに集まって興味津々!

「器用だね、悠くん」

「だろ。これでも元家庭科部だったんだぞ」

「は?嘘だろ」

「どう見ても運動部だよね……」

「陸上部入ってそう」

​私達がコソコソと耳打ちをしながら話していると、時雨先生が「本当だよ」と教えてくれた。

「悠くんは正真正銘、家庭科部だったんだよ〜」

「しかも、お菓子食べたくて入部するタイプのな」

さかたんが横からニヤニヤしながら付け加える。

「坂田、そこまで暴露しなくて良いだろ!?あと三千円返せ」

「いつものお返しや。お金は給料日までちょい待ち」

(二人の会話、なんかリアルで面白い……!)

​先生同士の大人げない軽口に思わずくすりと笑ってしまう。

こんな風に大人達が飾らずに笑い合っている姿を見られるのも、この場所の好きなところだ。

軽口を叩き合う二人をスルーし、ホットプレートに目向けると小さな気泡が表面に浮かび上がっていた。

​「おい、そろそろひっくり返せるぞ。誰かやってみるか?」

​悠先生が嬉しそうにフライ返しを差し出す。その言葉に、周りにいたみんなの視線が一瞬でそこに集中した。

「悠先生、手本見せて〜」

「おう、良いぞ!」

悠先生はフライ返しをホットケーキの下に入れると、少し自慢げに説明しだす。

「いいかー?焦げ目が命だからな。端っこがちょっと固まって、全体的にぷつぷつ穴が開いたら……こうだっ!」

​シュッと鮮やかな手つきでフライ返しをホットケーキの下に滑り込ませ、手首をクルッと返す。

綺麗な弧を描いてひっくり返ったホットケーキの裏側は、見事なまでに均一な理想通りのキツネ色だった。

悠先生の手際の良さと器用さに、みんなで「おー!」「すごーい!」と拍手を送る。

それから次々に焼いていき、生クリームや果物を好きなだけ乗っけて完成!

そんな時、「悪い、遅れた!」とバタバタ走って台所に入ってきたのは、定期テストのために学校に行っていたユンくんだった。

いつも綺麗にまとめられている三つ編みが走って来たからか少しボサボサになっている。

「おはよ〜ユンくん!はい、今日の飴」

時雨先生はポケットに入れていた飴玉をユンくんに手渡す。

「あれ、ユンくんって今日学校じゃなかったの?」

「ああ、それな。さっさと終わらせて帰ってきた」

「さっさとって……テストでしょ!?大丈夫なの?」

​思わず声を上げてツッコむと、ユンくんは「まぁ、それなりに俺頭良いし」と飄々(ひょうひょう)とした顔で笑った。

​「調子乗るなー、テスト結果楽しみにしてるからな」

悠先生が焼き上がったばかりのホットケーキをお皿に盛り付けながらニヤリと笑う。

「大丈夫だって。それより、めちゃくちゃ良い匂いする……腹減ったー」

ユンくんはお腹を空かせた様子で、整えていない三つ編みをサッと手ぐしで直しつつテーブルに近づいてきた。

​「ちょうど今完成したところだよ!ユンくんの分もあるから座って座って!」

私達が声をかけると、ユンくんは「サンキュ!」と嬉しそうに席についた。

リビングに移動して山盛りに積まれたキツネ色のホットケーキをテーブルに置いていく。

ふんわりと泡立てられた生クリームに、倫太郎くんと時雨先生が綺麗に切り分けてくれたイチゴやキウイ、バナナが彩りを添えている。

各自、思い思いに生クリームをたっぷり乗せたり、フルーツを贅沢にトッピングしたりしたマイホットケーキを前に席につく。

「それでは、手を合わせてください」

校長先生の掛け声とともに、私も手を合わせた。

「いただきます!」

十一人全員の声が重なる。

元気な声がリビングに響き渡り、みんな一斉にフォークとナイフを手に取った。

子供ズ総勢七人、みんなここで出会った大切な親友達。

いや、親友なんて言葉じゃ足りない。

もっと、もっと深い心友(しんゆう)だ。

​「うわっ、生地がふわっふわ!本当にお店のみたい!」

「闇カレーみたいにならなくて良かったよね〜」

六花の言葉に私は一ヶ月前くらいに食べた闇カレーを思い出した。

さかたんの提案でそれぞれ好きなものをカレーに入れよう!ってことになって……あの時のナタデココの食感、思い出すだけでも恐ろしい……!

「ったく誰じゃ、ナタデココ入れたやつ」

「お前だろ、藤和」

「あ、ワシか」

倫太郎くんのツッコミにナタデココを入れた犯人である藤和が手をポンッと打つ。

「自分で入れたの忘れてたんかい!」

思わずツッコむと、テーブルのあちこちからクスクスと笑い声が漏れた。

一口大きさに切り分けて口に運ぶと、香ばしいバターの香りと優しい甘さが広がって思わず頬が緩んでしまう。

​「ん〜〜っ、おいしい……!」

​甘酸っぱいイチゴと程よい甘さの生クリームが、温かい生地と合わさって最高の組み合わせだ。

隣を見ると、六花も目を輝かせながら「おいしいね、おいしいね!」と夢中で頬張っている。

さっきまで一生懸命泡立て器を動かしていたから、自分で作った分おいしさも倍増しているのかもしれない。

「だろ〜?俺の焼き加減が完璧だったからな!」

​胸を張る悠先生の横で、律が意地悪そうにホットケーキを口へ運びながら言った。

​「焦がしかけて校長先生に止められてたのは誰だ〜?」

「ぐっ……」

「あはは、悠先生顔に出てたもんね」

​たっちゃんも楽しそうに笑う。

ふと向かいの席に視線をやると、ユンくんが勢いよくホットケーキを口に詰め込んでいた。

さっきまでのテストなんて余裕みたいな雰囲気はどこへやら、本当に腹ペコだったみたいで、無我夢中でフォークを動かしている。

​「ユンくん、落ち着いて食べなよ。喉詰まらせるよ?」

「だってめちゃくちゃ腹減ってたんだよ。保健室でずっと『早く帰ってホットケーキ食べたい』って考えてた」

「テスト中にホットケーキのこと考えてたのかよ……よくそれで余裕な顔できたな」

​倫太郎くんが呆れ顔で頭を抱えると、その横で先生達の緩い会話が聞こえてきた。

​「はぁ〜、若いって食べっぷりが良くて良いよねぇ」

​「せやなぁ。僕らなんか、もう二枚食べたら胃がもたれてまうわ」

​「時雨くんと坂田くん……貴方達がそんなおじさんみたいなことを言っていたら、一番年上の私はどうなるんですか……」

​校長先生の切実なつぶやきに周囲の空気が和らぐ。

山盛りにあったはずのホットケーキはあっという間に小さくなっていって、ひと通り食べ終わると各々『ごちそうさま』をしてからプレイルームやグラウンドや図書室に駆けていく。

私はリュックから学校のワークを取り出して、数学と理科担当のさかたんのところに持っていく。

「さかた〜ん、勉強教えて〜」

「ええよ〜。どれどれ、何につっかえてるんや?」

​プレイルームの端っこ、長机の横にどかと腰を下ろしたさかたんは、棚から紙とペンを取り出して私の前に座ってくれた。

「これ……」

ワークを開き、よく分からないまま放置していた難解な問題を指差す。

「何回読んでも意味分かんない」

「ふむふむ。……ああ、これは文章だけ読むと分かりにくいやつやな」

さかたんは問題文をじっと眺めると、紙に簡単な図を書き始めた。

さかたんが白い紙の上にサラサラと描いたのは、丸と矢印を組み合わせた妙に味のある図だった。

​「ええか?これを『池の周りを走る二人』やと思って見てみ。文章だけで読もうとすると頭こんがらがるけど、要は追いつくまでの時間を求めたいだけやねん」

​「あ……!たしかに、図にするとめっちゃわかりやすい……!」

​文章題の文字の羅列を見ただけで「うっ、無理かも……」と身構えてしまっていたけれど、図になった途端にすんなりと頭に入ってくる。

「よし、じゃあこの図を見ながら式に数字入れて計算してみよか」

​「うん!」

​さかたんからペンを受け取り、アドバイス通りにノートへ式を組み立てていく。

​(あ、ここがこうなって……ここを割り算すれば……)

​霧が晴れていくみたいに計算が進んでいく。その感覚がすごく気持ちいい。

​「できた!答え、十二分後……?」

​「大正解!ほら、ちゃんと自分で解けたやんか!」

​さかたんはそう言うと、ワークの余白に真っ赤な赤ペンで花丸を描いてくれる。

「お、春奈も勉強か?」

そんな声をかけられて上を向くと、倫太郎くんが難しそうな本片手に立っていた。

「うん!さかたんに教えてもらってたんだ〜。もうすぐ私の学校も期末テストだから頑張らないと」

カレンダーの日付が刻一刻と迫ってくるあの圧迫感を思い出して、私は小さく息を吐き出した。

やらなきゃいけないのは分かっている。でも、一人で机に向かっていると、どうしても文字が滑って頭に入ってこなくなるのだ。

​「まぁ、後悔せん人間なんておらんから安心しい」

さかたんはそう言って、赤ペンのキャップをカチッと閉めた。

​「でもな、春奈ちゃんは偉いよ。こうして自分からワーク開いて聞いてきとるんやからな。それだけでもう半分くらいは勝ったようなもんやで」

「そうかな……?」

「そうそう。もっと自分を褒めてやり。僕や時雨くんや悠くんもマラカス持って褒めるからな」

(応援団……?)

​ポン、と軽く頭を叩かれるような温かい言葉。

さかたんの緩い関西弁には不思議と人の肩の力を抜かせる力がある。

​「……にしても、倫太郎くんが読んでるそれ、何の本?」

​私が視線を向けると、倫太郎くんは持っていた文庫本の表紙をチラリとこちらに見せてくれた。

​「海外の小説。ちょっと難しめの言葉が多くて、時雨に教えてもらいながら読んでる」

「わ、わぁ……ここに学力格差の壁がある!!」

思わずのけぞってしまう。

「いや、何だよそれ」

「だって海外の小説だよ、私の中間テストの英語の点数18点だよ!!記号問題しか当たってなかったんだよ!?」

​「それは……まあ……ノーコメントで」

倫太郎くんがなんとも言えない、絶妙に気まずそうな顔をする。

「何その顔!?」

「いや、別に何も言ってないだろ」

「顔が『それは勉強したほうがいいんじゃない?』って言ってる!」

「言ってないって」

「言ってるもん!」

私が頬を膨らませていると、隣でさかたんが吹き出した。

「僕も英語はチンブンカンプンやったなぁ……」

「そうなの?」

「そうそう。国語や社会や英語の文系科目苦手やったわ〜……。オールラウンダーの時雨くんに勝とうと必死で得意科目極めた感じやで」

「へぇ……」

私は思わずさかたんをまじまじと見つめた。

「じゃあ、さかたんって昔から理系だったんだ」

「せやな。数学と理科だけは負けたくなかったからなぁ」

「でも時雨先生って、そんなに勉強できたの?」

「できたよ〜」

突然、背後から声がした。

「うわっ!?」

振り返ると、いつの間にか時雨先生が立っていた。

「いつからいたの!?」

「ついさっき。三人が楽しそうに話してたから参加しちゃった!」

時雨先生はニコニコしながら、さかたんの隣に腰を下ろす。

「時雨くんは、教科書をひと通り読んだら大体頭に入っちゃうタイプやったんよ」

「そうなの!?」

「ほんま、あの頃は嫌なヤツやったわ。こっちはヒーヒー言いながらノート取ってる横で、すやすや寝とるんやから」

「失礼だなぁ、寝てないよ。窓の外の雲の形を観察してただけだよ」

「それを世間では『集中してへん』って言うんや」

​二人の気安すぎるやり取りを聞きながら、私は思わず感心の声を上げる。

「時雨先生って天才タイプだったんだ!」

​時雨先生は「えへへ、褒められちゃった」と笑いながら、ポケットから取り出したイチゴ味の飴玉を口に放り込んだ。